高良玉垂宮神秘書 訳文 第十一章  三韓神宝(大須賀あきら 稿)

大須賀あきら 稿

高良玉垂宮神秘書 訳文 第十一章  三韓神宝

第八条 

異国退治の装束 異国退治の時 旗 九選は大安寺 衣は宇佐の弥勒寺に伝え 三万八千の表具を普子無山(藤無山)と名付けた 兵庫国にある。

第五三四条

大善寺川に乗り捨てた舟を置いた跡に 朝妻を九品省とした その舟に上葺きして置いた

第五三五条

高良山へ法方始まってのち 高良を大善寺へ九品省する その舟の瓦を取って御神体とした それゆえ山側を御船山と云う

第五三六条

その舟の棚その他を早津崎と云うところに納めた これをひとくくりにして五月七日に下り 御輿を据えた所である。

第五四二条

大菩薩 高良内に御遷幸の時 住厭に旗を振り 旗の先がとどいた所を籏崎と名付けた まず旗のとどいた先に旗の様態を造り神代のように高色山の様態を神代依りともいう 一説には干珠満玉のある所と定めともいう それゆえ神代と名付けた 神代と書き「かみのよ」と読む

解説

異国退治の旗 弓箭は大安寺とある 大安寺は現在朝倉 秋月 奈良とあるが どの寺かは不明である。

衣は宇佐の弥勒寺に納めたとあるが 現在は消失して寺跡のみが残っている 

三万八千の表具は兵庫の普子無山(藤無山)とある底筒男が藤大臣なので信憑性は高い この山には伝承があり 出雲の国を治めている大国主命おおくにぬしのみこと(大黒様)は、東の方の但馬の国も治めようと、また、新羅しらぎ(朝鮮)の国から日本に移住してきた天日槍あめのひぼこと言う神様が定住するところを探して、この藤無山に登ってきて争いになった。ここが出石の名の発祥の地であるらしい

御船山は船の瓦を治めた場所 干珠満玉を治めた神代とは現在の久留米の安国寺あたりのことである。

ご興味ある方はご確認ください。
https://kouratamadare.com/%e9%ab%98%e8%89%af%e7%8e%89%e5%9e%82%e7%a5%9e%e7%a7%98%e6%9b%b8

コメント

タイトルとURLをコピーしました