- 自惚れ殿下
『ファウンデーションの夢』
第七部 アルカディア・ダレル
第6話「自惚れ殿下」
ステッティン卿の執務室の扉が、不意に開いた。
「ステッティン、カリアですわ。入るわね」
重厚なデスクの向こうで、銀河連邦第一市民にしてサンタニ大統領を務める男が顔をしかめた。金縁のモノクルが机の上で光を反射する。
「カリア、何度言えばわかるんだ!勝手にわしの執務室に入るなと言ってるだろう。ここには国家機密が山のようにあるんだぞ!」
しかしカリアは気にも留めていない様子で、室内にふわりと歩み寄る。香水の残り香が空気を支配した。
「ごめんなさい、プーチー。でも入口の、ボサッと突っ立ってた警備兵が敬礼して、通してくれたの。だって今日はファウンデーションからの来賓があるんでしょう?可愛い女の子、アルカディアちゃんっていうの?後で、お願い、会わせてね。とっても楽しみなの!」
「カリア!人前で“プーチー”なんて呼ぶなと言ってるだろう!」ステッティンは頬を赤らめ、机を軽く叩いた。「れっきとした称号があるんだ。銀河連邦第一市民、ステッティン卿だぞ。『閣下』と呼べ!」
「わかりましたよ、プーチー . . . いえ、閣下」
ふくれっ面でそう答えると、カリアは椅子に腰を下ろしそうになったが、ステッティンが厳しい口調で告げた。
「わかったら出て行け。レヴ・メイルス第一大臣と重要な話をしている最中なんだ」
渋々カリアが踵を返すのを見送り、ステッティンは再びメイルスに向き直った。重々しく、声を低める。
「まったく、とんだ鴨が葱を背負って舞い込んできたもんだ . . . 」彼の目が爛々と輝いた。「かつて諜報部のハン・プリッチャー将軍から聞かされた話を覚えているか?ミュールが死ぬ間際、こう漏らしたという。“もう少し寿命があれば……ベイタ・ダレルさえ手に入れていれば、銀河は俺のものだった”と」
「ええ、記憶しています」メイルスは慎重に頷く。「だが、先代ミュール様は . . . 普通の人間ではありませんでした。軽々しく比較すべき存在ではない」
ステッティンは椅子の背にふんぞり返り、指を組んだ。
「だが今、ベイタの孫が来ている。ファウンデーションの名門中の名門、ハーディンやマロウの血を継ぐ娘だ。わしがその婿になればどうなる?ミュールの後継者たるわしが、名門と血を交え、銀河の支配者となる . . . まさに宿命の合一だ。ふふ、いや、ははははっ!」
メイルスは眉をひそめつつも、口元に冷静な笑みを浮かべる。
「第二ファウンデーションの所在さえ判れば……確かに損な賭けではありません。だが、慎重に動かねば」
その時、再びカリアの声が室内に響いた。
「プーチー、私は . . . 私をただのミストレスとして扱い続けるつもりなの?」
そこにまだいたのか―という苛立ちを、ステッティンは怒声に変えて放った。
「カリア、いい加減にしろ!出て行けと言ったはずだ!」
扉がバタンと閉まる音だけが、しばし重く響いた。
次話につづく . . .
コメント