改稿版:「第22話 巨大図書館とバス・ターミナル」
SF小説 ボー・アルーリン
第22話 巨大図書館とバス・ターミナル
Date: 銀河暦12058年 / Place: 惑星サンタンニ
午後の光がサンタンニの空を斜めに裂く。惑星の首都ヴェルナスに広がる、白い石造の住宅街。その一角に建つレイチ・セルダンの邸宅に、ボー・アルーリンは久々の訪問を果たしていた。
広々としたリビングには、軽やかな電子音が響いている。レイチの養子、ホルク・ミューラーがバーチャルゲームの戦術について熱弁を振るっていた。彼の前に座るボーは、穏やかな表情で頷きながらも、瞳の奥に別の思索を灯していた。
「なるほど、その分岐ルートは敵AIを騙せるんだね」とボーが言ったそのとき、リビングの奥からレイチが現れた。短く整えられた髭に、書物の匂いが似合う男。ボーの視線がすっと彼を捉える。
「レイチ、以前、カレブという人物と面談されたと伺いました。あのとき . . . あなたの思考に、妙な感覚はありませんでしたか?」
レイチはわずかに眉をひそめた。顎に手を添え、記憶の深みに降りていく。
「 . . . ああ、あったとも。あの男、反応が妙に的確すぎるんだ。まるでこちらの思考が透けて見えているようだった。話の流れが滑らかすぎて、逆に気味が悪い。でもね……こっちからは、彼の心の輪郭がつかめない」
「それは、クルーソーのときと同じですね」
レイチは一拍おいて、納得したように頷いた。「ああ、そうだった。クルーソー―あの奇妙に優雅な紳士だ」
ボーの表情に翳りが走る。「彼は今、銀河図書館ネットワークの構築を進めています。全銀河の知を一つに集める……まるで、知識のブラックホールです」
レイチの瞳に不穏な光が宿った。「図書館といえば、サンタンニでも今まさに建設中だ。大学とは別にね。あれが完成すれば、惑星トランターの帝国図書館の数倍の規模になる。だが、その背後には何か得体の知れぬ力がある」
「誰が推進しているんです?」とボー。
「オレアナ・ディアスト博士だ。文芸復興運動の旗手で、技術と記憶の復興を標榜している。だが、彼女には軍部と密接な繋がりがあるという噂だ。僕としては、あの手の『変革者』には警戒しかない」
ボーは薄く笑みを浮かべた。「レイチさんらしいご意見ですね」
レイチは肩をすくめる。「彼女がサンタンニを銀河に売り出そうとするたびに、僕ら大学側は困惑してる。彼女の背後にいる軍人たちは、知識を兵器に変えられると信じて疑わない」
そのとき、扉の向こうから柔らかな足音がした。マネルラ―レイチの妻が現れ、談笑する二人の間に自然に加わった。
「あなたたち、少し真面目な顔をしてるけど . . . ちょっとベリスの夢のこと、聞いてくれる?」
「夢?」とボーが顔を上げた。
マネルラは頷いた。「ええ。昨夜ベリスが言ったの。『もっといい場所がある』って、天使のような女性に夢の中でささやかれたって。そして、彼女が『どこ?』と尋ねると―『最終バスの車庫のような場所』って . . . なんだか変じゃない?」
レイチは口元を引き締め、「それは . . . 比喩だろうか。興味深い」と呟いた。「ボー君の心理化学で読み解けるかもしれない」
「でもね」とマネルラは言葉を重ねた。「私も、なんだか思うのよ。あなたが毎日政府や軍部とやり合って苦労しているのを見ててね。サンタンニのダール人たちには、本当はもっといい場所があるんじゃないかって . . . あの夢が、何かを訴えてるような気がしてならないの」
静かな沈黙が部屋に満ちた。ホルクのゲームの音だけが、遠く、微かに響いていた。
ボーはその場の空気を深く吸い込み、ふと目を閉じた。
クルーソーの透明な意図。オレアナ・ディアストの影。
そして、少女ベリスの夢が示す「最終バスの車庫」
それらが一つの物語線に収束していく気配が、胸の奥で脈打っていた。
次話へ続く。
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