第21話 R・カレブ・ゾロニス
SF小説 ボー・アルーリン
Date:銀河暦12058年
Place:惑星サンタンニ
参考注釈:R・カレブ・ゾロニスについて
「カレブ」という名はヘブライ語に由来し、「忠実」「献身的な者」といった意味を持ちます。これは単なる名前を超えて、彼の人格や使命感、さらには世界観における位置づけを象徴する可能性があります。
ネタをバラしてしまうことは小説のご法度であると承知しておりますが、皆様のご理解上、敢えて必要だと思います。
惑星サンタンニの文明復興には、勿論、その動機には、あの二万年の不死の従僕の意図には違いありませんが、今回の文芸復興の中心人物は、彼の忠実な部下、カレブ・ゾロニスその人でありました。いえ、正式に言えば、カレブもロボット第零法則グループの正真正銘の「R」でした。
カレブ・ゾロニスの「忠実さ」が、ある理想や大義への絶対的な献身を意味しているとするならば、それは単なる従属ではなく、深い知性と覚悟を伴った自己犠牲に裏打ちされたものです。その意味で「カレブ」という名は、利他的行動や個人を超えた目的への献身を体現する象徴とも言えるでしょう。
さらに、「忠実である」とは、他者に対してのみならず、自己の内面や存在の真理に対しても誠実であることを含意します。ゾロニスという人物が、自らの存在意義や任務にいかに向き合っていたかが、彼の名に託された哲学的含意を照らし出す鍵となるかもしれません。
「人格者カレブ・ゾロニス」
「やはり、サンタンニの文芸復興には思想的中核を担う人物がいたのですね」
ボー・アルーリンは軽い驚きを含みつつ、しかしどこか腑に落ちたような面持ちで言った。
「驚きと同時に納得です、レイチさん。あの現首相の裏に、そんな人物がいたとは」
「そうだ。カレブ・ゾロニスという男だった」
レイチ・セルダンは声を低め、慎重に言葉を選ぶように続けた。
「だが、そのカレブが消された。まるで彼の存在が煙のようにかき消されたんだ。そして―あの首相は、カレブがいなくなった途端に、急激に専制的な政治に傾いていった。不思議だと思わないか?」
ボーは一瞬、思考の迷路に踏み込むような顔をしたが、すぐにその謎への興味を隠せなくなった。
「実は、僕はカレブに数回会ったことがあるんです。温厚で、控えめで、でも . . . 知識量は桁外れでした。まるで銀河の全歴史を知っているかのようで」
レイチも思い出すように、わずかにうなずいた。
「彼の出身は?」ボーはさらに問いかけた。
「惑星ヘリコンだと聞いている」
「それなら、あなたのお父様の出身地と同じですね。乾燥地帯とタバコで有名な . . . 」
レイチは微笑し、軽く首を振った。
「君の頭脳、カレブに負けてないかもな」
ボーは少し照れながら、真面目に言葉を返した。
「いえ、それは違います。けれど、心理化学って、時に膨大な情報処理が必要なんです。銀河全体の記号論理データを解析するうちに、どうしても惑星や恒星、物質に関する知識が頭に溜まってしまうんですよ」
レイチは納得したように大きくうなずいた。
「なるほどね。だからこそ、あの君の . . . 」
「『地球と銀河の6文芸復興の対応』の素案ですか?」
「そう、それそれ。あれを僕の父に見せてやりたかったと思うくらいだ。実に面白い。いや、秀逸な理論だよ。早く完成させてくれ」
ボーは微笑んで頷いたが、その表情には思案の色も浮かんでいた。
「ところでレイチさん。あなたがサンタンニに来られた動機のひとつに、お父様―ハリ・セルダンの心理歴史学があると、以前おっしゃっていましたよね?」
レイチは少しだけ表情を曇らせたが、すぐに平静を取り戻して言った。
「そうだ。それが何か?」
ボーは慎重に言葉を選びながら応じた。
「ええ、異論はありません。ですが . . . 」
レイチはやや苛立った様子で彼を見つめた。
「ボー、煮え切らないな。言いたいことがあるなら、はっきり言ってくれ。僕と君の間に秘密なんてないだろう?」
ボーは深く息を吸い込んでから、正面から問いかけた。
「では―レイチさんの政治思想について伺ってもいいですか?」
レイチは苦笑しながら肩をすくめた。
「やれやれ。君って、核心を突いてくるな。確かに、昔 . . . 惑星トランターでダール人との関係の中で、『ジョナラム主義者』と接触したことがある。だがそれが結果的に、父に多大な負担をかけてしまったんだ。僕自身の過ちだった。それが悔やまれて、ここサンタンニへの移住を決めた。君の分析には、正直言って感心している。参ったよ」
ボーは少し申し訳なさそうに言った。
「お気を悪くされたなら、すみません」
しかしレイチは、真剣なまなざしでボーの目を見据えた。
「いや、まだ何かあるだろう? 君の目は、まだ納得していないように見える」
ボーは一瞬躊躇したが、覚悟を決めて続けた。
「 . . . 正直に言います。まだ確証はありませんが、カレブと『ジョナラム主義者』との関係に、どうしても何か引っかかるんです。無関係ではないような気がして」
レイチはわずかに微笑を浮かべ、静かに言った。
「君って、心理化学だけじゃなく、探偵小説や刑事サスペンスも得意なんじゃないか? 本当に驚かされるよ」
次話につづく . . .
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