第9話宰相エトー・デマーゼル
第9話 宰相エトー・デマーゼル
SF小説 ボー・アルーリン
前話より3年前、いわゆるトランター暦12055年、R・ダニール・オリヴォーはシンナックス人のベントレー・ランビッドに会っていた。
それは、ダニールがエトー・デマーゼルとして、全銀河帝国(トランター帝国)の宰相の座を心理歴史学者ハリ・セルダンに譲ってから27年が経っていた頃の出来事であった。
彼が宰相の座をハリ・セルダンに譲る決断をしたのには、当時の皇帝の耳に、当時帝国内でタブーであったロボットの存在を密告され、宰相エトー・デマーゼルが、そのロボットそのものであって、ロボットが早晩、帝国の実権を牛耳ることになるとの真実ではないであろうが、ダニールにとっては心外なデマを吹き込まれた結果であったから。いいや、もちろんデマーゼルがロボットであるということは事実ではあったが。かのダニールにも運命を操ることができないという峻厳なる宇宙の意思には屈服せざるを得ない。それがいずれ露見するであろうということには、かれとしても幾分かの心づもりはあったのだ。判然としない偽人間的な感情を懐きつつ、かれは永年の宮廷の執務室から身を消した。
しかし、おそらく次の自ら課す任務に心の中の大半は向いていた。
当のダニールにとっては依然として人類の福祉を最大使命としていたのであった。
そしてかれの2万年に及ぶ宇宙潮流の意思との壮烈なる相克をいかにして乗り越えるかがかれの最大の課題であったのだ。かれは、ロボット第零の法則とともにロボット3原則との調和を謀っていたことは紛れのない事実であった。
かつて彼の生みの親、故郷オーロラのハン・ファストルフ博士の心に芽生えていた「心理歴史学」の完成にダニールが少なからずも期待をもったことも、その一因であったろう。
「この2万年にどれだけの文芸復興をなし、それが数年もしないで、まさに積み木崩しのように無惨に消え失せていったか。ついここ数十年でも、サークの文芸復興(12028年)、マッダー・ロスの文芸復興(12040年)と、ここに来て、かの宇宙潮流の負の側面が頻度を増してきたに違いない。」
彼が希求してきたのは、この銀河の全人類が今不透明で不安定な危機をどう超克させるか、この一点にあった。
ハリ・セルダンを彼の後継者として指名して宰相の地位を譲ったのも、ハリの理論をハリ自身が全銀河の統治という経験で補強し、完成させるよう陰ながら誘導しようとしていたからであった。
そしてそれと同時にダニールは、かれのよって立つスペーサー的オーロラの理想(ここではファストルフ博士の心理歴史学の萌芽)に全服の期待をよせてもいいのかという疑惑も生じてきたのであった。
かれがもう一度かれのすべての回路を点検し直して、新たな気づきを得ようとしていた。それは、もともと、かれの人類の福祉への飽くなき希求であった。
ここにきて、かれはスペーサー的人類もセッツラー的人類ももとをただせば、もともとふるさとの地球において同一種族であって、それらとは異なる別の行動・生活軸をもつもうひとつのグループが存在するにちがいない、との仮説的洞察をもつようになっていたからであった。
無論、ダニールは、ボー・アルーリンが心理化学の研究者であって、人類が普遍にもっているであろう、「文字・言語・科学」よりももっと上位の「暗黙知・身体知」に熟知していることをベントレー・ランビッドに会った3年後に知ることになる。
ダニールの仮説は徐々に真相に変わろうとしていた。
ダニールには、その究明のために、スペーサーやセッツラー以外の第3の地球人種、それはおそらく、シンナックス人。そのシンナックス人に焦点を当てはじめていた。そしてできれば、そのシンナックス人の故郷、謎のニフを時間を遡って究明しようとの願いが生まれてきていた。
ダニールは苦悩していた。
「わたしが大胆にも、セッツラー文明の冥冥期において断行した『歴史消滅』のネットは、果たして今日銀河の全人類を覆い被せ続けられているのか?どこかにその漏れが起こってきていたというのか?
その探索もいずれ必要となるかもしれない。いや必ずやらねばなるまい。」
そのとき、なぜか惑星シンナックスの座標のデータは彼の陽電子頭脳から抜け落ちていた。
かれの自問自答は続く。
「もしや、最近ハリとユーゴが考案して実用化した極素輻射体を活用すれば、自分がなした歴史消滅以前の人類の別要素を掘り起こすことも可能となるのではないか?」
ダニールは、誰かに話そうとしているように自分に向けて人間の言葉で呟いた。そうわかるのは、吐く息がコンポレロンの寒気で白くたなびいたからであった。
「そうだ。最近、コンポレロンでコンポレロン被れのシンナックス人の商人がいると聞いた。
かれの名は、ベントレー・ランビッドだったな。」
※惑星シンナックスは、かつてスペーサー(宇宙族)が地球を脱出する以前に、ニフ人たちが辿り着いたので、スペーサーの後続セッツラーとも違う経緯をもっていた。
そして太陽系に最も近い惑星アルファも『ミーターの大冒険』で、今度は、放射能にまみれた地球に最後までしがみついていたニフ人もいたことが述べられている。
次話につづく。
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著者: yatcha
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構成:
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作品概要:
アイザック・アシモフの『ファウンデーション』シリーズに基づくSF作品
哲学者ノース・ホワイトヘッドの「移動と新しさ」の哲学を反映
主人公ミーターが、亡きアルカディアの遺志を受け継ぎ、惑星アタカナを探索
「銀河帝国辞書編纂図書館」のバーチャル・コントロール「イルミナ」と旅を続ける
オーロラへのルートを求めてコンポレロンへ向かう途中、ハニスからの通信を受ける
アルカディアのラヴェンダー農園創設者「グレディア」、ルイス・ピレンヌ像の秘密などの謎を追う
第6話「セクション33A2D17」:
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イルミナとともにシンナ星の軌道上で探索を重ねる
歴史消滅の転換点を迎え、「極素輻射体」と「ターミナス方程式」の秘密に迫る
ウォンダ・セルダンとハリ・セルダンがターミナス方程式を発見した過去が明かされる
「セクション33A2D17」という暗号が物語の鍵を握る
第7話「グレディア」:
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本作は、『ファウンデーション』シリーズの精神を受け継ぎつつ、新たな視点から銀河の歴史を描く壮大なSF物語となっている。
アクセス
⇒
https://note.com/ocean4540/n/n81c33fdf312c
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