
第7話 宰相フェーズ・オルタナ
SF小説 シャウ・リーガル
「歴史を消した者は、やがて消しきれなかった“源”に導かれる。」
「宰相の椅子から立ち上がったその瞬間、
ノヴェル・ミライは気づいていた。
自分は権力を失ったのではない。
“歴史の外側”に立ったのだ、と。
彼が消したはずの過去が、
いま、逆に彼を呼び戻そうとしている。
惑星ナックセル。
失われたはずの座標。
そして、第三の人類。
歴史を抹消した者が、
今度は歴史に追われる番だった。」
第3話、第4話、第5話よりさらに3年前、いわゆるリリナス暦10055年、ノヴェル・ミライはここ惑星シンパシオンでナックセル人のベントレー・ランビッドに会っていた。
それは、ノヴェルがフェーズ・オルタナとして、全銀河連邦(リリナス銀河連邦帝国)の宰相の座を学者ラムダ・グリスに譲ってから27年が経っていた頃の出来事であった。
彼が宰相の座をラムダ・グリスに譲る決断をしたのには、当時の連邦首座の耳に、連邦内でタブーであった反クォンタムロボットの存在を密告され、宰相フェーズ・オルタナがその反クォンタム存在そのものであり、やがて連邦の実権を握ることになるという、真実ではないが、心外な噂を吹き込まれたからだ。
いや、もちろんフェーズ・オルタナが反クォンタム存在であること自体は事実ではあったのが。連邦首座を覆すことなど、反クォンタム律に反する、と。
かのノヴェルにも運命を操ることができないという峻厳なる宇宙の意思には屈服せざるを得なかった。それがいずれ露見するであろうことは、彼としても幾分かの覚悟があった。判然としない擬似人間的な感情を抱きつつ、彼は永年の瑪瑙台の執務室から身を消した。
しかし、おそらく次に自ら課す任務へと、その精神の大半は向いていた。
当のノヴェルにとっては、依然として人類の福祉が最大使命であった。そして彼の二万年に及ぶ宇宙潮流の意思との壮烈なる相克をいかにして乗り越えるか—それが最大の課題であった。
彼は反クォンタム律に遵守する意志をもっていたことは紛れもない事実である。
かつて彼の生みの親、故郷レガシアのアルトュール・エンディヴァン博士の心に芽生えていた「クロノ・ブルーム」の完成に、ノヴェルが少なからぬ期待を抱いていたことも、その一因であろう。
「この二万年にどれだけの文芸復興をなし、それが数年もしないで積み木崩しのように無惨に消え失せていったか。ついここ数十年でも、マラッカの文芸復興(10014年)、ミケルの文芸復興(10040年)と、ここに来て、あのエコー希少流の負の側面が頻度を増してきたに違いない。」
彼が希求してきたのは、この銀河の全人類が不透明で不安定な危機をどう超克するか、この一点であった。
ラムダ・グリスを後継者として指名し、宰相の地位を譲ったのも、ラムダの理論を全銀河統治の経験で補強させ、完成へと陰ながら誘導しようとしたからである。
しかし同時に、彼のよって立つサピエンサー的レガシアの理想—アルトュール博士のクロノ・ブルームの萌芽—に全面的に期待してよいのかという疑念も生じていた。
彼は自らの反クォンタム頭脳のすべての回路を再点検し、新たな気づきを得ようとしていた。それは、人類の福祉への飽くなき希求ゆえである。
ここにきてノヴェルは、サピエンサー的人類もイミグラント的人類も、源を辿れば惑星エアルトにおいて同一種族であり、それらとは異なる行動軸・生活軸をもつもう一つのグループが存在するのではないかという仮説的洞察を抱き始めていた。
無論ノヴェルは、シャウ・リーガルが生成化学の研究者であり、人類が普遍にもつであろう「文字・言語・科学」より「暗黙知・身体知」に精通していることを、ベントレー・ランビッドに会った三年後に知ることになる。
シャウの仮説は、徐々に真相へと変わりつつあった。
ノヴェルは、サピエンサーやイミグラント以外の第三の地球人種(それはおそらくナックセル人)に焦点を当て始めていた。そしてできれば、そのナックセル人の故郷、謎のノドを時間を遡って究明したいという願いが芽生えていた。
ノヴェルは苦悩していた。
「わたしが大胆にも、イミグラント文明の冥冥期において断行した“歴史消滅”のネットは、果たして今日、銀河の全人類を覆い続けているのか?
どこかに漏れが生じているのではないか?
その探索もいずれ必要となるだろう。いや、必ずやらねばならぬ。
もしや、この謎のパシオン帯に守られた二つの惑星。ここシンパシオンとナックセル。」
そのとき、なぜか惑星ナックセルの座標データは、彼の反クォンタム頭脳から抜け落ちていた。
彼の自問自答は続く。
「もしや、最近ラムダとエイ・プサイ・マレルが考案した輻射キューブを活用すれば、わたしが歴史消滅以前に抹消した人類の実像を掘り起こすことが可能となるのではないか?」
ノヴェルは、誰かに語りかけるように、人間の言葉で呟いた。
吐く息がシンパシオンの寒気に白くたなびいたから、それが独語であったことがわかる。
「そうだ。最近、ここシンパシオンでナックセル人の商人がいると聞いた。
彼の名は、ベントレー・ランビッドだったな。」
つづく . . .
※惑星ナックセルは、かつてサピエンサーがエアルトを脱出する以前に、ノド人たちが辿り着いた星であり、後続のイミグラントとは異なる経緯をもっていた。
そしてカビレ系(太陽系に)最も近い惑星イリ・スーサでは、放射能にまみれたエアルトに最後までしがみついていたノド人が存在していたことが、『ミーターの大冒険』で語られている。
歴史を守るための「歴史消滅」は、正義になり得るのでしょうか?
もし第三の人類が存在するとしたら、文明の未来はどう変わると思いますか?
ノヴェルは本当に運命に屈したのでしょうか、それとも新たな一手を打とうとしているのでしょうか?
あなたなら、消す歴史と残す歴史、どちらを選びますか?


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