#1 静寂の研究所

Sci-Fi

SF小説 シャウ・リーガル

第一部 エルマ・グリス、ラム・ダグリスとシャウ

銀河暦10066年、惑星リリナス。ラムダ・グリス研究室。

ラムダ・グリスが自分の研究室に入ると、すでにエルマ・グリスとスティルバー・プルプラが来ており、部屋の端にある会議用テーブルに並んで座っていた。
この二人の場合にはいつもそうであるように、室内は完全に静まり返っていた。
それからグリスは、もう一人、見慣れない男が彼らと一緒に座っていることに気づき、思わず足を止めた。

――おかしい。

エルマとスティルバーは、第三者がいる場合には礼儀として通常の会話に戻るのが常だった。だが今は、三人のうち誰一人として口をきいていない。

グリスは、その見知らぬ人物を注意深く観察した。
年の頃は三十五歳前後。あまりにも長いあいだクロノ・ブルーム研究に没頭していたため、視力を犠牲にしてしまった研究者特有の顔つきだった。

顎のあたりに漂う毅然とした雰囲気がなければ、無能力者ではないかと誤解したかもしれない。
だが、それは明らかな誤りだった。

その男の顔には、強さと同時に、静かな優しさがあった。
反クォンタム頭脳研究者に特有の、深い思索の痕跡が刻まれている。

――信頼できる顔だ。

グリスはそう結論づけた。そして同時に、この男が惑星リリナスの運命に深く関わる存在であることを、直感的に悟った。

「おじいさん」
エルマは、優雅に椅子から立ち上がって言った。
その呼び方を聞いた瞬間、グリスの胸に鋭い痛みが走った。
彼女は家族を失って以来、この数ヵ月でひどく変わってしまった。かつてはいつも「おじいちゃん」と呼んでいたのに、今では、どこか距離を感じさせる「おじいさん」だ。

以前の彼女は、にこにこと笑い、くすくすと笑い声を抑えきれないような少女だった。
だが最近では、落ち着いた視線が微笑によって柔らかく輝くのは、ほんのまれになっている。
それでも――今も彼女は美しい。

そして、その美しさに勝るものがあるとすれば、それは彼女の驚嘆すべき知性だった。

エルマ・グリスは若くしてすでにクロノ・ブルーム理論の第一人者であり、銀河暦10066年における最も優れた未来予測者の一人と目されていた。

その能力は、祖父であるラムダ・グリスを、すでに遥かに凌いでいる。それは、彼女が特殊装置、輻射キューブの単に使い手ということばかりでなかった。彼女には通常の人間にはない精神感応力が備わっていた。
彼女は昨年、同じ能力者のプルプラに出会い。今回はシャウ・リーガルに遭遇した。というよりも、今回はシャウの方から探り当てられたというのが正しい。

「エルマ」
グリスは穏やかに言った。
「紹介してくれないか。この方は?」
見知らぬ男が立ち上がった。
「シャウ・リーガルと申します。惑星ネオ・エーテルから参りました。惑星シンパシオン出身で、そこの大学で心理化学を教えていました」
「ネオ・エーテルからだと!惑星シンパシオン出身だと!」
グリスは眉をひそめた。グリスはその二つの惑星に心に何か閃いたから。

「それは遠路はるばる……。」
「はい、それに私共の研究結果も先生にお知らせしたいと思いまして。」

リーガルは、真剣な表情で即答した。

「ヒストリエント粒子に関する再発見がありました。かつて小マジェラン銀河で観測された現象です。しかし長いあいだ、歴史の暗闇に葬られていました」
室内の空気が、目に見えない形で張り詰めた。

「これは、私たちが知る銀河の未来予測を、根底から覆す可能性があります」
スティルバー・プルプラが、初めて口を開いた。
「ヒストリエント粒子……?
それは反クォンタム律に関係するとおっしゃるのですね?」
「その通りです」
リーガルは頷いた。
「さらに、アクシオン回廊装置との相互作用も確認されています。問題は――この粒子が、過去追慕のメカニズムを有している点です」

グリスは息を呑んだ。

過去追慕のメカニズム?!
それは理論上のみ存在が示唆されていたが、実際に観測された例は一度もなかった現象である。
「私の弟分に、ホルク・マイルスという者がいます」

リーガルは続けた。
「彼が惑星サン・マルクの調査に携わっていた際、ヒストリエント粒子再発見者であるヒュー・ドナックから、その実体を知らされました」

「惑星サン・マルク……。それに、ヒュー・ドナックだと?」
グリスは深く息を吸い込んだ。

もしそれが事実なら、クロノ・ブルームの基礎理論そのものを書き換えねばならない。
彼は一瞬、長年の研究が雷に打たれたように崩れ去る感覚を覚えた。
だが、かつて銀河首相を務めた者としての矜持と、学者としての意地が、その動揺を辛うじて押し留めた。

「……詳しく聞かせてください」
グリスは静かに言った。
「時間は、たっぷりある」
しかしその言葉とは裏腹に、彼の胸の奥では、不安が渦を巻いていた。

惑星リリナスの未来。
銀河全体の運命。

そして何より――愛する孫娘リセルの安全。
すべてが、ラムダの脳裏で錯綜して渦を巻いていた。

この瞬間から大きく変わり始めている。
グリスは、はっきりとそう感じていた。

――それから約五百年後。

惑星ネオ・エーテル、ペリゴール家のラヴェンダー畑。
窓の外では、リセル岬の方角から冷たい風が吹き込んでいた。
かつてハニス・イザルがヒュー文章を発見した、あの歴史的な場所からの風である。

この静寂の研究室で交わされた会話が、銀河暦に新たな一ページを刻むことになるとは、
この時、まだ誰も知る由もなかった。

ペリゴールの物語については――残念ながら、ずっと後になってから、皆さんと共有することになる。
どうか、その点はご容赦いただきたい。

つづく

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