71. ハニスの正体

旅立ちの助走(Hop before Leap)
  1. ハニスの正体

第一部 紫からの飛躍
ミーターの大冒険

黄昏の光がラヴェンダー畑を紫に染めるころ、ミーターは客間の壁面スクリーンを起動し、ほぼ60年前のフィルムを再生していた。そこに映し出されたのは、〈フォルモッサ・シェリル戦争〉の凄絶な戦闘シーン。そして、アポリアナの凱旋。艶やかな女優が共和国旗の前で微笑んだ。15歳のアポリアナがそこに写し出されていた。

「観ましたよ、ハニスさんのノンフィクション・ブックフィルム。すごくリアルで、動きもダイナミックでした。『フォルモッサ・シェリル戦争記』も、『ポリーの凱旋』も―でも、ちょっとだけ不満があって」

ミーターは振り返り、ソファにどっかりと腰を下ろした人物に言った。グラスの赤ワインを揺らしていたハニスは、視線をそのままスクリーンに向けたまま苦笑する。

「 . . . 不満、か。何だい?」

「ポリーは、あの女優よりもっと魅力的でしたよ。それに . . . 彼女のそばにいるはずの、あの重要人物が―見えない」

ハニスは吹き出した。「アハハハ!確かにな!あれじゃちょっと物足りないか。悪かった、悪かった。あの重要人物(?)、ね?」

ミーターは目を細めた。「ハニスさんって、僕に似て、涙脆いんですね。そういうところ、愛着湧きます」

ハニスは笑いながら、ミーターの肩を軽く叩いた。「キミのセンスは天下一品だよ。いっそ監視局 (二万年後の未来、銀河文明の硬直化により概ね全体主義のせいで娯楽に監視システムが組み込まれる)に売り出してやろうか?」

ミーターは首をかしげた。「ところで、あなたって、若い頃は何をしてたんですか?ただの歴史マニアとは思えない」

ハニスはグラスをテーブルに置き、しばらく沈黙したあとで語りだした。

「サントリーニ大学で、ジャーナリズムを教えていた。それが縁で、銀河史にのめり込んでな。 . . . 政府に頼まれて、イフニアでちょっとしたスパイ活動もしてた。まあ、若気の至りってやつだ」

ミーターの内部センサが軽く振動する。「凄い経歴ですね。僕なんてずっと翻訳・通訳ロボット兼給仕兼農夫なんですから」

「でもキミはそれ以上の存在だ。機械じゃない。物語を持っている」

ハニスの声には、ほんの少しだけ、哀愁が混じっていた。

しばしの沈黙の後、彼は窓の外を眺めた。朝方、ハニスが到着したばかりの頃のことを思い出したらしい。

「来る道すがら、君たちの農園のラヴェンダー畑には驚いたよ。あの朝の光景―格別だった」

ミーターの光学レンズがわずかに発光した。「えへん、エスカル農園(他に色々な呼称があるです。アポリアナの初代先祖エスカルに因んで名付けられた)エスカルが最初に手を入れ、ドナが拡大させた。ディアナの娘アポリアナ1世が、ティーツリーのエキスと融合させて銀河中に売り出した。そして今、ネオ・ラヴェンダーのエキスはイオス星へ」

ハニスは目を細めた。「なるほど . . . これはただの香草じゃないな。記憶と、血統と、戦いの歴史が詰まっている」

そのときだった。ハニスの視線がふと窓の外の上空を見上げた。

「ところで . . この上空、モーヴ空港やアルティメット宇宙空港の発着コースから外れてるはずだが . . . 」

ミーターも上を向いた。静かに、しかし確実に、低周波の共鳴が地鳴りのように響いてきていた。

窓の外、ラヴェンダーの海の上空に、小さな光点がいくつか瞬いていた。

ハニスの手がそっと腰の通信端末に伸びる。

その指先は、老いた教授でも歴史家でもなかった。

銀河を渡る諜報員のものだった。

次話につづく . . .

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