- 第八部 3色のペンダント
―ファウンデーションの夢―
ラヴェンダーの風が静かに吹き抜けていた。
窓の外では紫の波がゆらぎ、老女アルカディア・ダレルの白髪を淡く照らしている。
銀色のロボット、R・ミーター・マロウは彼女の傍らに立ち、光を反射して微かに揺れた。
「ミーター . . . 」
アルカディアの声はかすかに震えながらも、静謐な力を宿していた。
「原子力を失った星々がどうなったか、知っているでしょう? あの星々は躍起になってバイオマスに切り替え、再生の理を無視したの。森を削り取り、海を枯らし、大地の緑を剥いでいった。やがて岩盤が露出し、生命は星から逃げ出すように消えていったわ」
ミーターは沈黙したまま、彼女の言葉の一つ一つを記録するように聞いていた。
「けれどね、ミーター。弱き者を守り、消費文明を疑ったわずかな星々だけが、奇跡のように命を保ったの」
アルカディアは窓の向こうを見つめた。
「皮肉なことに、私の母の生まれた農業の星―トランターが、今では銀河中の模範になっているのよ。緑の再生と、持続の叡智の象徴として」
彼女はふと微笑んだ。
「もう分かってきているでしょう、ミーター。あなたの故郷、アタカナを甦らせること―それこそが、銀河を再び甦らせる鍵なの。私たちは、その秘密をようやく見つけたのよ」
ミーターは静かに首を傾けた。
「また . . . 秘密、ですか、アルカディー?」
老女は、古びた記録帳を手に取った。黄ばみかけたページには、精緻な手書きの文字が連なっている。
「ええ。ベリスが、母マネルラに宛てた手紙を見つけたの。彼女の娘ドース・ドーニックの日記の中に隠されていたのよ」
窓の光が手紙の上を滑り、インクの跡を黄金色に照らした。
「それは―まるで銀河の謎そのものだったわ。ニフ人やシンナックス人が、“黒い涙の太陽”を、ただ一人ベリスに見せるためにモーヴ公園の一角へ埋めたというの。ね、ミーター、驚くでしょう? でもきっとそれは、この宇宙の“不思議中の不思議”を解く鍵なのよ。あなたには、それを解いてもらいたいの。新しいホームズ君にね」
アルカディアは微笑み、ゆっくりと目を閉じた。
「覚えておいて。私、今でもその手紙の内容を暗唱できるの」
老女の声が静かに響いた。
「お祖母さんのドースが夢に現れて言いました。
『図書館でジョン・ナックの本を読んでから、公園へ行くのよ。家のジンジャーの花を髪に挿してね。』
その通りにすると、昨日までなかった丸い黒い顔の像が、土の中に埋まっていました。
私が手をかざすと、黒い部分が黄金に光り、知らない文字が浮かび上がったのです。
不思議とその意味が分かりました。―
『我らはニフ人。シンナックスを経て銀河の果てまで来た。
ここに“涙の黒い太陽”の像を埋める。
放射能の悲惨を忘れぬために。
我らがアタカナを離れたのは、空が放射能で黒く覆われ、四十日の間、太陽が見えなかったからだ。
我らはここにラベンダーの種を撒く。
宇宙が蘇る礎を開く時が来る。
そして一人のシンナックスの青年がその意味を理解するだろう。』」
アルカディアの声は次第にかすれ、しかし温かさを失わなかった。
「萌葱色の霧雨が降っていたと書いてあったわ。公園の泉のせせらぎと小鳥の声、そして虹。 . . . その一日を、ベリスは永遠のように思っていたそうよ」
しばし沈黙が訪れた。
ラヴェンダーの香が部屋いっぱいに広がり、遠い記憶のように空気を包んだ。
「ミーター . . . 私たちがここにいる理由は、ただひとつ」
アルカディアは彼の金属の手に自らの手を重ねた。
「あなたが―この銀河を、私の代わりに救うの」
「アルカディー . . . 」
「心配しないで」
彼女は穏やかに微笑んだ。
「一歩一歩、進むたびに虹が現れてあなたを導くわ。絶望したら、後ろを振り返るの。きっと、閉ざされた扉が自然に開くから。
そして―あなたのその目で、“人類の友”ジスカルドが見たという、甦りの宇宙の美を見てほしいの。きっと、素晴らしいわ」
ミーターの胸の奥で、微かな電子の震えが走った。彼には涙腺はなかったが、その沈黙には深い感情の影が宿っていた。
アルカディアは、最後の力を振り絞るように微笑んだ。
「最後にね、ミーター。“三色のペンダント”の話をさせてね . . . 」
ミーターの光学レンズが、わずかに明るさを増した。
「アルカディー . . . “三色のペンダント”とは―!?」
外の空では、虹が七色にきらめきながら、遠い銀河の地平を結んでいた。
※この章に関連する物語は、『ファウンデーションの夢』第三部・第九話「パークサイド」を参照のこと。
- パークサイド https://ocean4540.com/the-galaxy-after-20000-years/foundation-dreams/the-earth-explosion-of-wanda-and-gaal/19-%e3%83%91%e3%83%bc%e3%82%af%e3%82%b5%e3%82%a4%e3%83%89/



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