佐藤達矢稿

佐藤達矢稿

蘇我氏の正体⑬ 蘇我氏のルーツは釈迦族である。(佐藤達矢 稿)

蘇我氏の正体⑬ 蘇我氏のルーツは釈迦族である。蘇我氏とはいったい何者か?・・・そのルーツを探って行きますと、定説では武内宿禰から始まる大臣家、ということになります。しかし、武内宿禰と蘇我家がつながっているかどうかということを疑問視する声も多...
佐藤達矢稿

蘇我氏の正体⑫ 聖徳太子は実在したか?(佐藤達矢 稿)

蘇我氏の正体⑫ 聖徳太子は実在したか?聖徳太子は日本古代史上でも最大級の偉人として日本書紀に描かれている人物です。そのため、その肖像が一万円札のデザインになったりして日本人には知らぬものがないほど広く知れ渡っていますが、実はこの人物、一部で...
佐藤達矢稿

蘇我氏の正体⑪ 乙巳の変の時代の真の歴史とは?・・・(佐藤達矢 稿)

蘇我氏の正体⑪ 乙巳の変の時代の真の歴史とは?・・・ 前回まで、乙巳の変は実際には起こっていなかったこと、蘇我氏三代の馬子、蝦夷、入鹿という人物も存在しなかったこと等をご説明いたしました。・・・すると、日本書紀に書かれた蘇我氏の時代というの...
佐藤達矢稿

蘇我氏の正体⑩ 意外なる蘇我氏のルーツとは?・・・(佐藤達矢 稿)

蘇我氏の正体⑩ 意外なる蘇我氏のルーツとは?・・・今回から蘇我氏のルーツについて、いよいよその正体を明らかにして行きます。蘇我氏のルーツについては様々な説があり、渡来系であろうという考え方が一般的ですが、斉木雲州氏の説では、蘇我氏の祖先はな...
佐藤達矢稿

蘇我氏の正体⑨ 斉木雲州氏説による大化の改新の実像(佐藤達矢 稿)

蘇我氏の正体⑨ 斉木雲州氏説による大化の改新の実像今回も引き続き斉木雲州氏の「上宮太子と法隆寺」から、蘇我氏と呼ばれた一族の実像を追って行きます。尾治大王(推古帝の後に大王として即位した幻の天皇)が山背王を大兄(後継者)に指名した頃、それを...
佐藤達矢稿

蘇我氏の正体⑧ 幻の天皇 尾治大王(佐藤達矢 稿)

蘇我氏の正体⑧ 幻の天皇 尾治大王 前回まで、聖徳太子と蘇我氏(斉木雲州氏の説では上宮太子と石川氏)がどのように仏教興隆に取り組んで来たか、ということをお話しいたしました。今回は引き続き、斉木氏の「上宮太子と法隆寺」から、前回の続きをまとめ...
上野俊一稿

Windyで海流を観る(上野俊一 稿)

Windyで海流を観る海図や羅針盤も無い古代の航海で頼りになるのは視覚のみ。周囲の山や島の形や位置関係を確認しながら舵を取る「地乗り航法」が基本です。沿岸を行くのは水や食料の補給の要、天候の急変などに応じ、随時寄港するためでもあります。無論...
佐藤達矢稿

蘇我氏の正体⑦ 聖徳太子という虚像(佐藤達矢 稿)

蘇我氏の正体⑦ 聖徳太子という虚像前回まで、「乙巳の変はなかった」、「蘇我氏という大臣家も存在しなかった」という説を御紹介してきました。今回は「聖徳太子不在説」をご紹介しましょう。この説自体は古いものではなく、大山誠一というお方が平成11年...
佐藤達矢稿

蘇我氏の正体⑥ 乙巳の変は起こっていなかった(佐藤達矢 稿)

蘇我氏の正体⑥ 乙巳の変は起こっていなかった藤原鎌足と中大兄皇子が蘇我入鹿を誅殺したとされる乙巳の変。この政変が実はまったくの虚構であり、日本書紀の作者が創作した架空の物語だったとしたら・・・。以前、乙巳の変についての投稿をしたとき、大須賀...
上野俊一稿

安曇(あずみ)の館にて

「ふーっ、疲れた」 角鹿から戻ったアズミの連むらじは和白わじろの館に着くと、汗と塩砂を拭って大の字になった。「お帰りなさい。オキナガの大将どうでした? 怒ってました?」 伊都からイトテの頭領の息子ワカが、風を学びに来ている。「まあね。鉄はこ...