- 責任を引き受けるということ
惑星ネオ・エーテルの夜は、静かだった。
大気圏上層を巡る薄紫の光帯が、都市全体を包み込み、アーカイヴ中枢区の塔群を淡く照らしている。
評議棟の高層回廊で、ハニスは惑星の夜景を見下ろしていた。
かつて銀河復興の中核になると宣言したこの星が、今はひどく重く感じられる。
「ミーター君……」
彼は、吐息まじりに言った。
「やはり、そこが重要なんだと思う。
俺は、自分の政治能力の限界を感じている」
振り返らずに、続ける。
「情報収集なら自信がある。
この惑星ネオ・エーテルを、情報と記録の星にしたのも俺だ。
だが……それだけでは、政治は動かない」
しばし沈黙が落ちた。
「アポリアナさんのようには、どうしても振る舞えないんだ。
政府から絶大な信頼を寄せられながら、
彼女は、あの全権大使の任を除いて、要職に固執しなかった」
ハニスは、かすかに笑った。
「しかもだ。
彼女は、あのオルデン・プルプラの孫だった。
それでも最後まで、その事実を公にはしなかった。
……なんたる人格だ。感服するしかない」
ミーターは、ゆっくりと口を開いた。
「ハニスさん。
彼女が特別だった理由は、清廉だったからだけではありません」
ハニスが、わずかに顔を向ける。
「アポリアナは、“知っていて黙る”という選択を、引き受けていたんです」
「引き受ける……?」
「はい」
ミーターの声は、淡々としていた。
「彼女は『ベリー文書』の、ジル・エフォーラムの項を深く理解していました。
エフォーラムの能力の本質は、未来を言い当てることではありません」
一拍置いて、続ける。
「人間社会が、どんな結果を恐れ、
どんな責任から逃げようとするかを、見抜く力です」
ハニスは、黙って聞いている。
「アポリアナは、
コンシューアムの内情も、銀河リリナス連邦の歪みも、
ラムダ・グリスの『クロノ・ブルーム』が孕む危険も理解していながら、あえて語りませんでした」
「それは……卑怯ではないのか?」
低い問いに、ミーターは首を横に振った。
「違います。
語れば、誰が傷つき、誰が責任を負わされるかを、彼女は分かっていた」
ミーターは、静かに言った。
「だから彼女は、
語らなかった結果を、自分一人で引き受けたんです」
ハニスの視線が、再び惑星の光へ戻る。
「……兵法の話も、聞いている」
「ええ。
『孫子』や、『呉越同舟』の物語です」
ミーターは続けた。
「敵同士でも、同じ舟に乗ってしまえば、
沈まないために協力するしかない。
あれは美談ではありません」
「覚悟の話、か……」
「はい。
信念を貫く話ではなく、
結果を共有する覚悟の話です」
しばらくして、ハニスが呟いた。
「……俺は、怖いんだ。
この惑星を中核にした政治改革が、
失敗したときのことが」
ミーターは、即座に答えなかった。
数秒の沈黙ののち、こう言った。
「それでいいんです」
ハニスが振り向く。
「怖さを感じない人は、政治をしてはいけない。
信念だけで動く人は、
失敗したとき、必ず誰かのせいにする」
ミーターは一歩、近づいた。
「でもハニスさんは、
自分の無力さを、自分のものとして引き受けようとしている」
その声は、励ましというより、確認だった。
「それは、情報を操る才能よりも、
ずっと政治的な資質です」
長い沈黙。
やがてハニスは、深く息を吐いた。
「……君は、本当に容赦がないな」
「ロボットですから」
ミーターは、わずかに口元を緩めた。
「ですが、だからこそ言えます。
あなたはもう、逃げていません」
惑星ネオ・エーテルの光が、二人の影を長く伸ばしていた。
「銀河復興の第一歩とは、
正しい理想を掲げることではありません」
ミーターは、最後にこう言った。
「その結果がどうなろうと、
自分が引き受けると決めることです」
ハニスは、ゆっくりと頷いた。
改革は、すでに始まっていた。
つづく。



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