- 輻射キューブ
ミーターの大冒険
第一部 紫からの飛躍
第7話 輻射キューブ
アポリアナが八十一歳でこの世を去ったとき、彼女の長い生涯に静かな終止符が打たれた。ハニス・イザルは、その訃報に胸を締めつけられるようなものを感じた。かつてここペリゴールのアポリアナ屋敷に身を寄せた際、リサルと岬の洞窟で見つけた文書類(後で、それらは、ヒュー・ドナックの遺品)の意味をアポリアナが解読してくれた。そして幾度も彼女と面談してクロノ・ブルーム理論を教えられた相手であり、彼女の思想と情熱は、ハニス自身の内部に消えない痕跡を残していたからだ。
彼は、アポリアナが残した唯一の継承物ともいえる―Q型ロボット・ミーターとアポリアナの幼馴染みでミーターの元型を創作したオリン・バー―の面倒を見ることに、ほとんど迷いなく身を投じた。
ミーターからは、彼女が遺した言葉のすべてを聞き出した。内容は、常識的な尺度で測れば無謀と言っていいほど巨大で、そして無情なほど冷徹な計算を要求する「銀河復興」という構想だった。しかし、ハニスはそこに彼女らしい理想と矛盾のない論理を嗅ぎ取り、決意した。
―彼女の遺志を継ぐ、と。
ミーターはというと、ハニスの態度に微かな驚きを覚えていた。ロボットである彼に人間臭い驚きが許されているとすれば、それはハニスという人物が生涯に積み重ねた非凡な業績の数々を知ったときの感情だったのだろう。
ハニスはその日、例によって研究区域の渚に姿を見せていた。思考に煮詰まると、必ずそこへ来る―ミーターはその癖を正確に把握していた。
ハニスはひとつの疑問を抱えていた。「輻射キューブ」。アポリアナが遺した資料に何度も現れるが、その実体は曖昧だ。彼はミーターに言った。
―直接的な問いかけは省くが、ミーターが呼び出すべきデータは明白だった。
ミーターはハニスの手元の端末を受け取り、内部の検索機構を静かに作動させた。ロボット特有の皮肉を交えながら―「お役に立てるかどうか怪しいですが」―と前置きしたうえで、淡々と結論を組み上げていく。
輻射キューブとは、ラムダ・グリスがクロノ・ブルーム研究の初期に関わった際、その基盤となる「ヒストリエント粒子理論」を形状化したものにほかならない。ミーターの説明によれば、それは単なる立方体ではなく、時系列構造の“ひずみ”を感知する機能を宿し、ラムダの研究同僚エイ・マレル・プサイが頻繁に利用していた。さらに興味深いことに、ラムダの孫娘エルマは幼児期にそのキューブを“遊具”として扱っていた―という一節が、アポリアナの『続・追憶の水平線を越えて』に残されているという。
しかし、ミーターが導き出した最も重要な点は、輻射キューブが発端となったある事件だった。
それは、ラムダ・グリスがクロノ・ブルーム理論の端緒を思いついた惑星リリナスのエックス地区で起きた出来事である。ノヴェル・ミライが、当時の宰相フェーズ・オルタナが実はレイ・チャンブリー自身であり、さらにそのレイが忌まれたQ型ロボット―すなわちノヴェル・ミライそのもの―と同一であったことを見破ったのが、その事件のさなかだった、というのだ。
ロボットたちが従う「反クォンタム律」。それがクロノ・ブルーム理論の核心となるなら、輻射キューブはその“律”を可視化するための媒体であった可能性が高い。ミーターは冷静にそう推測した。
さらにミーターは、ハニスに思わぬ連想を投げかける。
―『幼児のための知恵と愛の書』に登場する“遍在の鉄僕”。
その鉄僕は盟友から継承された“反クォンタムの法則”を守り続けていた。そして、その盟友の名はカルヴィン・アーキヴィオ。
ミーターがその名を口にした瞬間、ハニスは息を呑んだ。
オリン老人から聞かされていた話が脳裏で結びつく。自分の祖父の若き日の友人。その友を称えるために、自分の孫に「アーキヴィオ」の愛称を与えた―祖父はそう語っていた。
銀河史の深い層に沈んでいた因果が、不意に浮上し、一本の線として繋がったように思えた。
ハニスはただひとこと呟いた。
「―なんだって? 妙だ……ミーター君。これは、妙すぎる。」
渚に吹く風が、その沈黙を運んで行った。
つづく。
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