第23話 陰謀の影
SF小説『ボー・アルーリン』
サンタンニの夜は、不気味なほど静かだった。
レイチ・セルダンは、書斎のソファで背を丸めたまま、書類の束をぼんやりと見つめていた。いつの間にか、彼はこの星の政治の只中に引き込まれていた。文芸復興の名の下に始まった運動が、いつの間にか政争と軍事の渦に飲み込まれていることを、ようやく理解しつつあった。
自分が今、誰に利用されているのか。それすらも見えない。
妻マネルラが口にした、レイチを“指導者”と仰ぐダール人移民たちの未来も、重くのしかかっていた。
その夜、彼は眠れずに目を覚ました。傍らには積み上げられた報告書。胸の奥に巣食う不安が、形を取らぬまま脈を打っていた。
そのとき、部屋の扉が静かにノックされた。
「レイチ、話があります」
ボー・アルーリンだった。声にはいつもの落ち着きがあったが、どこかためらいが滲んでいた。
「入れ、ボー」
レイチが応じると、彼は慎重にドアを閉め、部屋に入ってきた。
「何か新しい動きでも?」
レイチが目を細めると、ボーは一瞬視線を落とし、意を決したように言った。
「オレアナ・ディアストのことです」
その名に、レイチの目が鋭くなった。
「オレアナ?あの運動の中心人物がどうした?」
「言葉にするのが難しいのですが . . . 最近の彼女の行動に、矛盾を感じます。たとえば、カレブが禁令下のロボットであったことを彼女が突然広報した件。しかもカレブ・ゾロニスが機能停止してからの彼女の動きには、違和感があります」
「 . . . 君も気づいていたのか」
レイチは、しばし黙り込んだ。
「私も、あれはカレブの遺志を継ぐための行動だと思っていた。だが彼女が急速に影響力を拡大しているのは、どうにも不自然だ」
ボーは小声で続けた。「彼女が現首相エリオン・カッサスを裏で操り、軍部を政権に引き入れようとしているという話もあります。ただの噂であってほしいと願っていますが . . . 」
「軍部だと?」
レイチの表情がこわばった。「もしそれが事実なら、この運動は文化改革などではない。政変だ」
ボーは慎重に言葉を選んだ。「レイチ、私はあなたの力になりたい。けれど、今は慎重に動くべきです。私たちも、もしかするとオレアナの計画の一部に組み込まれているのかもしれません」
レイチは、額に手を当てて深くうなった。「もう後戻りはできない . . . 。だが真実は、見極めなければならない。彼女の本当の目的を」
ボーはうなずいた。「はい。共に探りましょう。ただし、警戒を怠らずに」
二人はその夜、オレアナの背後にある真意を探ることを決意した。
サンタンニではすでに、目に見えぬクーデターの影が動き出していた。レイチは混乱の中にあったが、ボーの冷静な助言が彼の思考を少しずつ明確にし始めていた。
しかし、彼らが真相に辿り着くよりも先に、サンタンニの政権構造は、かつてない転換点を迎えようとしていた。
(次話へつづく)



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