98. 禁断座標レガシア―花叢に触れる者

イルミナ
  1. 禁断座標レガシア ― 花叢に触れる者

銀河暦497年・第3季。

「歴史を読む者は安全だが、触れる者は責任を負う。」

咲かせてはならない歴史がある。だが今、その蕾に指が触れた。
あなたは歴史を“読む側”でいられますか?それとも、触れる側ですか?

惑星ミウォール、地下都市第三層。

時間が堆積したような空間だった。

崩落した天蓋の隙間から、鈍い光が差し込む。黒い石材には螺旋と分岐の紋様が刻まれている。それは装飾ではない。選択の流れ、歴史の枝分かれ、その構造そのものを象った痕跡だった。

ミーターは静かに歩を進める。

音が消える。

自らの足音すら、途中で吸収される。

空間中央で、淡い光が幾何学的に組み上がった。

イルミナ――銀河百科辞典編纂図書館の中枢AI。

「ミウォール地下都市、記録保管区画最深部。

あなたへの開示制限は解除されています」

ミーターは周囲を見渡した。

「クロノ・ブルーム前史……。

パシオン帯は歴史保存空間だった」

「はい。そしてその保存領域の外縁に、もう一つの特異点が存在します」

星図が展開される。

はくちょう座方向。銀河面に沿う暗帯。

その内部に、空白の座標が点滅した。

「禁断の惑星――レガシア」

ミーターの内部演算が走る。

「存在記録はある。だが座標がない。

銀河標準データから完全に削除されている」

「削除ではありません」

イルミナの光がわずかに強まる。

「“分離”されています。

クロノ・ブルームの干渉から切り離された特異領域です」

「そこを経由しなければ、シンパシオンへは到達できない……」

沈黙。

惑星シンパシオン――

パシオン帯の深層、歴史が暴走しない世界。

ミーターは低く言った。

「座標を探す」

探索は困難を極めた。

ミウォールの記録層には断片的な暗号しか残っていない。

クロノ・ブルーム理論で逆算しても、分岐が収束してしまう。レガシアは“咲かない”。

「歴史的波形が観測できません」

「なら、歴史以前を探る」

ミーターの視線が、地下深層へと向く。

「エムーの宮殿だ」

かつてこの惑星を支配し、銀河の半分を制覇した存在。

その宮殿は地上から消えたが、基礎構造は地下に残っている。

二人はさらに深く降下した。

そこは人工空間だった。

螺旋階段の先、巨大な円形室。

中央に、半ば瓦礫に埋もれた装置があった。

金属でも石でもない、未知の合成素材。

手動式の星図投影機構。

「デジタルではない……?」

「はい。クロノ・ブルームの外に置かれた装置です」

ミーターはゆっくりと装置に触れた。

回転盤が軋み、青白い線が浮かび上がる。

銀河座標軸。

暗帯。

そして――一点。

何の注釈もない、孤立した光。

イルミナの声が低く響く。

「確認。

惑星レガシア、実座標を検出」

ミーターはその光を見つめた。

「歴史から削除されたのではない。

歴史に触れさせないために、隠された……」

「レガシアは“緩衝層”です。

クロノ・ブルームの奔流と、パシオン帯の静域を接続する境界」

沈黙が降りる。

「……触れることになるな」

「はい」

イルミナは告げる。

「あなたは、読む側ではいられません」

ミーターはわずかに笑った。

「理論を作っているつもりで、ずっと後追いだった。

だが今は違う」

星図が安定する。

レガシア。

禁断の座標。

その先に、シンパシオン。

ミーターは静かに言った。

「行こう、イルミナ」

地下都市は再び沈黙した。

だが今度は違う。

それは保存の静寂ではない。

落下直前の、重力の静寂だった。

歴史が、再び咲こうとしている。それはまさしく、「クロノ・ブルーム」。

つづく . . .

○前話(第97話)の要約
禁断の星レガシアの座標は銀河から抹消されていた。
だがアポリアナの『追憶回路』は、忘却の中に“回り道”を残していた。
エムーの感情操作の源流を求め、ナディール号は紫の彼方へ針路を変える。

○次話(第99話)予告
ミーターはミウォールではなく、銀河反対側のレガシア(シリウス星系)への再挑戦を宣言。ミウォールの地下図書館の新データを手掛かりにオルビタルの痕跡を探り、シンパシオンを起点にソラン、ポラニア、イリ・スーサ、ヘリオスへと辿る計画を明かす。だが核心は伏せられたまま――鍵は自ら解けと託されていた。

○ハッシュタグ

ミーターの大冒険

クロノブルーム

パシオン帯

レガシア

銀河SF

心理歴史学の先へ

観測された歴史は安全だが、触れられた歴史は文明を変える。

◆ 銀河思想ログ(第98話)
「歴史を読む者は安全だが、触れる者は責任を負う。」

◆ 極短要約
歴史から“削除”された惑星レガシアは、クロノ・ブルームを隔てる緩衝層だった。
ミーターは観測者を捨て、歴史に触れる決断を下す。
もし望まれるなら、
この第98話は「文明構造三層論」における干渉層の発見回として理論化できます。
かなり核心に近づいています。

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