- 禁断座標レガシア ― 花叢に触れる者
銀河暦497年・第3季。
「歴史を読む者は安全だが、触れる者は責任を負う。」
咲かせてはならない歴史がある。だが今、その蕾に指が触れた。
あなたは歴史を“読む側”でいられますか?それとも、触れる側ですか?
惑星ミウォール、地下都市第三層。
時間が堆積したような空間だった。
崩落した天蓋の隙間から、鈍い光が差し込む。黒い石材には螺旋と分岐の紋様が刻まれている。それは装飾ではない。選択の流れ、歴史の枝分かれ、その構造そのものを象った痕跡だった。
ミーターは静かに歩を進める。
音が消える。
自らの足音すら、途中で吸収される。
空間中央で、淡い光が幾何学的に組み上がった。
イルミナ――銀河百科辞典編纂図書館の中枢AI。
「ミウォール地下都市、記録保管区画最深部。
あなたへの開示制限は解除されています」
ミーターは周囲を見渡した。
「クロノ・ブルーム前史……。
パシオン帯は歴史保存空間だった」
「はい。そしてその保存領域の外縁に、もう一つの特異点が存在します」
星図が展開される。
はくちょう座方向。銀河面に沿う暗帯。
その内部に、空白の座標が点滅した。
「禁断の惑星――レガシア」
ミーターの内部演算が走る。
「存在記録はある。だが座標がない。
銀河標準データから完全に削除されている」
「削除ではありません」
イルミナの光がわずかに強まる。
「“分離”されています。
クロノ・ブルームの干渉から切り離された特異領域です」
「そこを経由しなければ、シンパシオンへは到達できない……」
沈黙。
惑星シンパシオン――
パシオン帯の深層、歴史が暴走しない世界。
ミーターは低く言った。
「座標を探す」
探索は困難を極めた。
ミウォールの記録層には断片的な暗号しか残っていない。
クロノ・ブルーム理論で逆算しても、分岐が収束してしまう。レガシアは“咲かない”。
「歴史的波形が観測できません」
「なら、歴史以前を探る」
ミーターの視線が、地下深層へと向く。
「エムーの宮殿だ」
かつてこの惑星を支配し、銀河の半分を制覇した存在。
その宮殿は地上から消えたが、基礎構造は地下に残っている。
二人はさらに深く降下した。
そこは人工空間だった。
螺旋階段の先、巨大な円形室。
中央に、半ば瓦礫に埋もれた装置があった。
金属でも石でもない、未知の合成素材。
手動式の星図投影機構。
「デジタルではない……?」
「はい。クロノ・ブルームの外に置かれた装置です」
ミーターはゆっくりと装置に触れた。
回転盤が軋み、青白い線が浮かび上がる。
銀河座標軸。
暗帯。
そして――一点。
何の注釈もない、孤立した光。
イルミナの声が低く響く。
「確認。
惑星レガシア、実座標を検出」
ミーターはその光を見つめた。
「歴史から削除されたのではない。
歴史に触れさせないために、隠された……」
「レガシアは“緩衝層”です。
クロノ・ブルームの奔流と、パシオン帯の静域を接続する境界」
沈黙が降りる。
「……触れることになるな」
「はい」
イルミナは告げる。
「あなたは、読む側ではいられません」
ミーターはわずかに笑った。
「理論を作っているつもりで、ずっと後追いだった。
だが今は違う」
星図が安定する。
レガシア。
禁断の座標。
その先に、シンパシオン。
ミーターは静かに言った。
「行こう、イルミナ」
地下都市は再び沈黙した。
だが今度は違う。
それは保存の静寂ではない。
落下直前の、重力の静寂だった。
歴史が、再び咲こうとしている。それはまさしく、「クロノ・ブルーム」。
つづく . . .
○前話(第97話)の要約
禁断の星レガシアの座標は銀河から抹消されていた。
だがアポリアナの『追憶回路』は、忘却の中に“回り道”を残していた。
エムーの感情操作の源流を求め、ナディール号は紫の彼方へ針路を変える。
○次話(第99話)予告
ミーターはミウォールではなく、銀河反対側のレガシア(シリウス星系)への再挑戦を宣言。ミウォールの地下図書館の新データを手掛かりにオルビタルの痕跡を探り、シンパシオンを起点にソラン、ポラニア、イリ・スーサ、ヘリオスへと辿る計画を明かす。だが核心は伏せられたまま――鍵は自ら解けと託されていた。
○ハッシュタグ
ミーターの大冒険
クロノブルーム
パシオン帯
レガシア
銀河SF
心理歴史学の先へ
観測された歴史は安全だが、触れられた歴史は文明を変える。
◆ 銀河思想ログ(第98話)
「歴史を読む者は安全だが、触れる者は責任を負う。」
◆ 極短要約
歴史から“削除”された惑星レガシアは、クロノ・ブルームを隔てる緩衝層だった。
ミーターは観測者を捨て、歴史に触れる決断を下す。
もし望まれるなら、
この第98話は「文明構造三層論」における干渉層の発見回として理論化できます。
かなり核心に近づいています。
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