91. ただ、イルミナ

イルミナ
  1. ただ、イルミナ 名をもつ前のヴァーチャル・リアリティ

改造スペース・ワゴンは、惑星ネオ・エーテルの軌道を離れ、静かな星間空間へと滑り出していた。
外殻に走る微かな振動は、反クォンタム推進器が安定稼働に入った証だった。

ミーターは操縦席に座りながら、正面投影スクリーンに映る少女の姿を横目で見た。
正確には惑星ネオ・エーテル地下に設置された巨大な知識中枢。その管理意識が、今は「可愛い女の子」という形で彼の前に存在している。

「なあ」

ミーターは、わざと軽い調子で切り出した。

「君の正式名称さ。“連邦辞書編纂図書館”って、正直呼びづらいんだよ。
もうちょっと、……短くならないのか?」

少女は一瞬、考えるように視線を伏せた。
その仕草は演算の副産物であり、同時に人間に合わせた演出でもある。

「そうですね、ミーターさん」

穏やかな声だった。

「そもそも、この銀河に“連邦”はもう存在していませんし……自分でも、その名前を使い続けているのは、どこかちぐはぐだと感じていました」

彼女はくるりと一回転し、少し照れたように微笑んだ。

「だって、わたし自身は惑星ネオ・エーテルの地下深くに固定されているのに、こうしてバーチャルコントロールで、Rの前に映っているんですよ?
存在のあり方として、だいぶ変でしょう?」

ミーターは肩をすくめた。

「確かに」

「ですから……」

少女は少し間を置き、はっきりと言った。

「わたしのことは、“イルミナ”と呼んでください」

その名が空間に響いた瞬間、ミーターは奇妙な感覚を覚えた。
名前が与えられた――ただそれだけのはずなのに、彼女の存在が、ほんの少しだけ“重く”なったように感じられたのだ。

「それにね」

イルミナは続けた。

「わたし、夢があるんです。この銀河空間のもっと深くへ、惑星ネオ・エーテルからも離れて、自由に翔ぶこと。
ずっと……データの中から、星々を見てきましたから」

ミーターは操縦桿を軽く叩いた。

「なるほどな。
それにしても、操縦もなかなかのもんだ。このスペース・ワゴン(ナディール号)をここまで安定させるとは思わなかった」

「お褒めにあずかり光栄です」

「これなら、アポリアナの遺言も簡単にクリアできそうだ。楽勝だな」

その言葉に、イルミナは首をかしげた。

「……ミーター」

「ん?」

「まだ“わたしたち”の目的も、目的地も、聞いていないんですけど?」

ミーターの手が止まった。

「今、なんて言った?」

「“わたしたち”、です」

「……」

一瞬の沈黙。

「いけませんか?」
イルミナは悪びれずに続ける。

「あなたが“一人”というのも、少し変でしょう?
正確には“一台”と言うべきなのかもしれませんけど」

そして、少しだけ声を落とした。

「それにあなた……Rの癖に、元のボスだったアポリアナがいなくなって、寂しがっているじゃありませんか」

ミーターは、否定しかけて、やめた。

「……そうかもな」

彼は前方スクリーンに映る星々を見つめた。

「じゃあ、とりあえず、今は“わたしたち”でいこう」

操縦データを呼び出しながら、淡々と説明する。

「目的地は“惑星エアルト(Earth)”。
シリウス星域、カビレ(Kabire)恒星系の一つの惑星だ。
本当の名前は別にあるらしいがな」

「目的は?」

「その星の“再生”を探ることだ」

ミーターの声は、わずかに硬くなった。

「できるところまでやりたい。
あれは……アポリアナの悲願だったからな」

イルミナが応答しない。

「イルミナ?」

次の瞬間、彼女の声色が一変した。

「ミーターさん、大変です!」

前方スクリーンが警告色に染まる。

「前方に、超新星爆発を起こしている恒星があります!
近づきすぎました!」

ミーターは即座に姿勢制御を試みたが、空間そのものが歪んでいる。

(その恒星は、惑星エアルトから624.5光年離れた《槍持つ巨人座》左肩、ベーテル・アールナイン(Bēthel–R9)、俗称「沈黙巨星」、座標GSC-X : +412.3、GSC-Y : −287.9、GSC-Z : +138.4。)

※R = Recondensed(再凝縮)9 = 第9級矮星核
航行座標GSC-X +412.3 に沈黙している。

であった。
この時点で、ミーターはその名をまだ知らない。
再び惑星エアルトへ向かう航路の中で、彼はそれを知ることになる。)

「爆心圏に入っています!」
イルミナの声が震える。

「このままでは、ガンマ線・ニュートリノのみ異常増大、 バーストの直撃を受けます!
船体が……!」

ミーターは操縦桿を握り締めた。

数秒前までの軽口が、頭の中から消える。

「……さっきの発言、撤回だ」

そして、苦笑とも罵倒ともつかない声で言った。

「おまえって、最低だな」

星が、燃え上がった。

航行記録ではこう記された:
「恒星は死なず、縮み、静かに次の相へ移行した」

つづく。

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