86. イフニア三連太陽

旅立ちの助走(Hop before Leap)
  1. イフニア三連太陽

ペリゴールのアポリアナ屋敷は、いつになく静まり返っていた。

ミーター(Meter)は、窓際に立つ男の背中を見つめていた。

ハニス・イザル(Hannis Izal)。

三選を果たしたばかりのはずの男は、勝者の余裕とはほど遠い表情を浮かべていた。

「ハニスさん。当選三回目、おめでとうございます」
軽く声をかけると、ハニス(Hannis)は苦笑した。

「……喜んでいる場合じゃないんだよ、ミーター君」
彼は振り返り、低く息を吐いた。

「我が“自由銀河党”は惨敗だ。残った議席は、俺を含めて、たった三人。
 一方、“ネオ・エーテル”のカサンディ・メイアー派は九割を押さえた」

その言葉は、敗北宣言に等しかった。
「銀河復興は、頓挫したも同然だ。
 コンシューアムや、ドーラ・ウェーブさんには……顔向けができない」
ハニスの視線の先には、遠い星々があった。
そこに重なるのは、銀河再生という、あまりにも大きな理想だった。

「カサンディ・メイアー……」
その名を口にした瞬間、空気が張り詰める。

「恐るべき女傑だ。鉄面皮で、油断がならない。
 コンシューアムとの連携が、ようやく軌道に乗りかけた矢先だったというのにな」
ミーターは一瞬、ためらったが、思い切って言った。
「実は……ハニスさんがイフニアで遊説していた間に、彼女が突然ここを訪れたんです」

「何だと?」
「ええ。僕をじっと観察して……“チクタク”なんて呼ぶんですよ。
 だから言ってやりました。
 “僕にもちゃんと名前があります。Q・ミーター・エコーです”って」
ハニスは、しばらく黙り込んだあと、苦々しく笑った。
「道理で、だ」

彼女はそれ以来、戦略を一変させた。
アポリアナ・ペリゴール(Aporiana Perigaul)に酷似した“チクタク”を、二万体――
ネオ・エーテル全土の路上に行進させ、あたかも自分が“アポリアナの威光の代理人”であるかのように演出したのだ。
「卑怯な手を使いやがる。
 実態は、アポリアナとは正反対の権威主義、独裁者そのものだというのに」
ハニスの拳が、静かに握りしめられる。
「アーカイヴがこの有様では、銀河復興の夢は―はっきり言って潰えた。
 彼女の政策は、銀河全域への援助中止だ。嘆かわしい限りだ」
彼はミーターを見据えた。

「ミーター君。
 彼女をひっくり返す妙案は……ないのか?」
ミーターは、首をかしげるようにして、少し考え込んだ。
「そんなに弱気で、どうしたんですか、ハニスさん」
間を置いて、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「妙案……ですか。
 たとえば―」

彼の視線は、星図投影に向いた。
「リリナス帝国が衰退したあと、銀河の中心はネオ・リリナスに移りました。
 その後はミウォールへ。
 つまり……“首都は、常に動いてきた”んです」
ハニスが、はっと息を呑む。
「首都移転……か」
「ええ。
 モーブは、銀河の端に過ぎます。
 ならば、より中央に近い星へ。―惑星イフニアはどうでしょう?」
ハニスの目に、久々に光が戻った。
「イフニア……三連太陽の星。
 確かに、銀河中央に近い。何より……俺の勝手知ったる世界だ」
彼は、ゆっくりと笑った。
「ミーター君。
 そのアイデア、いただこう」
ハニスには、ラヴェンダー畑の遥か彼方でで、三連太陽の光が交差し、眩く重なったような気がした。
「これで……挽回できるかもしれんな」
ミーターは、小さくうなずいた。


銀河の重心は、再び動き出そうとしていた。

つづく。

コメント

タイトルとURLをコピーしました