81. ドラ・ウェーヴ

旅立ちの助走(Hop before Leap)
  1. ドラ・ウェーヴ ミーターの大冒険 第一部 紫からの飛躍 第13話

あらすじ

 アポリアナが81歳で亡くなった。
 
 ハニスの直感とミーターの柔軟性のある論理思考が冴え渡る。「クロノ・ブルーム」の権威のラムダ・グリスを唸らせた、地球探査の報告書を携え戻ったヒュー・ドナックの真実発見とはなんだったのか?「クロノ・フラワー」という真理なのか?ベリー・エコーが、ヒューの見解を正確に踏襲していた、ということなのか?エムーの必然性とは?ますます展開が際立って来たようだ。
 そしてその究極的謎の究明には、「輻射キューブ」、「反クォンタム律」の理解までも到達した。
 ハニス・イザルはミーターの巧みな誘導によって、ハニス・イザルがカルヴィン・アーキヴィオ由来の命名であることに気付かされ、オリンが今の携わっている図書館改造に真摯に向き合う決心をする。ハニスの外遊が始まろうとしている。が、コンシューアム及びまだ隠されているもうひとつのグループに会合できるかは、未知数であった。果たしてハニスの目論見は実現できるか?彼のジャーナリストとしての直感は、まずイオス星のドーラ・ウェーヴに焦点が当てられた。

81 ドラ・ウェーヴ
石造りの回廊は、光を拒むというより、光の意味そのものを忘却しているかのように静まり返っていた。
空気は冷たく、しかし死の匂いはない。
ここは墓所ではなかった。
記憶が、歴史になる直前で凍結された場所だった。
ドラ・ウェーヴは歩みを止め、振り返った。
その動作は案内というより、儀式の始まりを告げる合図に近かった。
「ハニスさん。この場所にご案内いたしましたのは、他でもありません」
声には微かな震えがあった。
それは畏怖だった。使命感ですら、その外側にある。
「ここは、アポリアナが眠っている場所でもあり――
同時に、そのアポリアナが、生涯、夢にも見た“因縁の場所”でもあります」
ハニス・イザルは言葉を挟まなかった。
壁面には装飾も碑文もない。
だが、空間そのものが観測者を値踏みしている。
保存された沈黙。
ネオ・エーテルで彼が感じたものと同質の、意志をもった静寂だった。
「ここにご案内すれば、わが盟主ノヴェルも、こう申しておりました」
ドラは、名を呼ぶ前に一拍置いた。
その間に、時間が一層、重くなる。
「『さぞ、ハニスさんも、日頃の疑問も四散するのでは』と」
その名が空気に落ちた瞬間、
ハニスの背筋を、冷えではなく“秩序の圧”が貫いた。
「ドラさん……その盟主というのは、もしや――」
彼は慎重に言葉を選んだ。
名を呼ぶこと自体が、召喚に等しいと理解していたからだ。
「――“不死の従僕ノヴェル・ミライ”ではないでしょうね?」
ドラは、わずかに笑った。
それは肯定だった。
同時に、人間が神話を語るときの防衛反応でもあった。
「おっしゃる通りです。ハニスさん。
さすが、元ミスター・ジャーナリスト」
だが、その肩書きは、ここではもはや効力を持たない。
ドラは片手を差し出し、空間に合図した。
それは機械操作ではなく、許可を乞う所作だった。
「少しばかり、映像をご覧ください。
あなたに今後の期待を――
いえ、正確には“委ねられる重み”を知っていただくために」
空間が揺らいだ。
揺れたのは光ではない。時間そのものだった。
四百五十年前。
この部屋のホノグラフ。
簡素な寝台。
衰弱した一人の女性。
エルマ・グリス。
その名は記録として知っていても、神話の端緒としては、まだ理解されていなかった。
死の床。
部屋の隅で、影のようにうずくまる若者がいる。
肩を震わせ、声を殺して泣いている。
「……恥ずかしい限りですが」
ドラの声が、現在の時間から重なった。
「すすり泣いているのが、『わたし』です」
ハニスは息を呑んだ。
そして、意識せずにはいられなかった。
この場面に、もう一つの“視線”があることを。
「そうしますと……その時、あなた様の隣には――
例の『従僕』が?」
ドラは、映像の中の“もう一つの影”に視線を向けた。
それは輪郭を持たない。
だが、不在であるがゆえに、支配的だった。
「ハニスさん、相変わらず感が鋭いですね」
彼は、言葉を慎重に並べた。
ノヴェルについて語るとき、事実と比喩の境界は溶ける。
「ノヴェルから、直々に指示されておりますことを、お伝えいたします」
ホノグラフが消えた。
だが、“彼”は消えなかった。
静寂が戻る。
いや、静寂が完成した。
ここはもはや場所ではない。
選別の場だった。
「神妙に、お聴きください」
ドラは、ノヴェルの言葉を“引用”しているのではない。
中継しているだけだった。
「ハニス・イザルには、次の銀河の命運は残念ながら見せられない。
未来を見る資格と、未来を支える役割は、同一ではないからだ。
だが、わたしの盟友カルヴィンの役割を担ってもらう。
名を刻む者ではなく、名を存続させる者として。
たぶん彼――ハニスは、このことを
自らの名誉だと察しできると、十分に確信する。
あのオルデン・プルプラに協力した、
シャニス・イザル※の孫のハニス・イザルだからな」
言葉は音ではなかった。
配置だった。
ハニスは目を閉じた。
それは命令ではない。
だが、拒否という概念自体が、最初から設計されていない。
見せられない未来。
だが、崩れぬよう支えよ、と。
アポリアナ。
カルヴィン。
ノヴェル。
そして、自分。
点だった因縁が、線になり、
その線が、すでに描かれた銀河図の一部であることを悟る。
ハニスはゆっくりと目を開け、ドラを見た。
そこには、もはや記者の好奇心はない。
英雄の決意ですらない。
ただ―
神話の歯車に、自ら位置を与えた者の沈黙があった。

つづく。

※ 惑星リリナス以外にも、コンシューアムの拠点は存在した。その中でも、シリウス星系にもっとも近い星として、「惑星シンパシオン」があげられるが、ここの人々はここが人類発祥の地と呼んでいた。ハニス・キャムはプリーム・パルヴァーのもとから、後に、によって惑星シンパシオンに匿われていた。シャニス(Syannis )はシンパシオンのハニス(Hannis )の意味である。

 画像は、ラムダ・グリスを自分の機能停止を覚悟で、必死で守った500年前の美貌のジャンヌ・ダルクのドラ・ウェーヴ。

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