79. ヒストリエント粒子から反クォンタム律 ミーターの大冒険 第一部 紫からの飛躍 11話
あらすじ
銀河暦10512年、が81歳で亡くなった。彼女の知人のハニス・イザルはアポリアナに感銘を受けていた。そこでミーターとオリンとの面倒をみると同時に、ミーターから彼女の遺言の全てを聞く。ハニスは、ミーターとともに彼女の遺志を継ぐことを決意する。それは銀河復興を成し遂げることであり、危険で無謀にみえる挑戦でもあるのだが。
ハニスの直感とミーターの柔軟性のある論理思考が冴え渡る。「クロノ・ブルーム」の権威のを唸らせた、地球探査の報告書を携え戻ったガールの真実発見とはなんだったのか?「微細心理歴史学」という真理なのか?ベリー・エコウ(Berry Echo)が、ヒュー・ドナックの見解を正確に踏襲していた、ということなのか?エム(Emou)の必然性とは?ますます展開が際立って来たようだ。
そしてその究極的謎の究明には、「輻射キューブ」、「アクシオン回廊装置」の理解が必須となる。
ミーターは何度も繰り返されて理解したアポリアナの理論をハニス・イザルに語っていく。グリス理論は、ラムダ・グリスが見破ったエックス市での出来事から、「アンティ・クォンタム理論」、そしてその法則は「反クォンタム頭脳」の完全機能の結晶から導き出されたというのだ。それは実に生命と宇宙の根源にまで遡れるという。
本文
10514年、研究艇の観測室には、恒星の淡い光が屈折しながら漂っていた。
ハニス・イザルは、ゆっくりと指を組み、対面に立つミーターを見つめた。金属の体躯を持つその翻訳ロボットは、いつもと変わらぬ穏やかな姿勢で応答を待っている。
「つまり、グリスの唱えた《クロノ・ブルーム》理論は、《アンティ・クォンタム律》から必然的に導かれたものだ、というわけだな」
ハニスは確認するように言った。
「そしてその《アンティ・クォンタム》そのものが、《反クォンタム頭脳》から自然発生した――そう理解していいのかね?」
「はい、その通りです、ハニスさん」
ミーターは一瞬、言葉を選ぶように間を置いた。
「どんな素粒子にも、反物質は存在します。陽電子が電子の反物質であるように、反物質とは性質の大部分を共有しながら、電気的特性だけが反転した存在です。ヒストリエント粒子も、同様の位置づけにあります」
ホログラフに浮かぶ粒子模型が、ゆっくりと反転した。
「そして興味深いことに、反物質はしばしば“時間を逆行する粒子”として解釈されます。
Q粒子―すなわちヒストリエント粒子は、時間の流れを遡る一粒子だと考えられるのです」
ハニスは黙って頷いた。
「もし、エントロピーの増大が退廃であり、時間の順行だとするならば」
ミーターは続ける。
「反粒子であるヒストリエント粒子は、エントロピーを減少させる作用――つまり、時間逆行的な振る舞いを引き起こす可能性があります。
反クォンタム頭脳が《過去追慕》のメカニズムを持つと考えるのは、理論的に無理のない推論です」
「では―」
ハニスが口を開いた。
「どこまで遡れるというのだ?」
「理論上は、約百三十八億年前です」
ミーターは即答した。
「それ以前には、時間そのものが存在しませんから」
静寂が落ちた。
やがてハニスは、低い声で問いを投げた。
「では、現実を、未来を構築する本質的な力とは何なのだ?」
ミーターは、わずかに首を傾けた。
「そこまでお尋ねになりますか。僕は一介の翻訳ロボットなのですが……」
そう前置きしてから、彼は続けた。
「反クォンタム頭脳の傾向は、過去への執着です。過去に頼り続ける限り、未来は決して展開しません」
観測窓の外で、星々がゆっくりと流れていく。
「しかし、有機的生命体―特に人間には、特有の精神作用があります。
想像し、創造する力です。この作用は、エントロピーを減少させる方向に働きます」
ミーターの声は、いつになく柔らかかった。
「安定した漸進的進歩は、人間とロボットが協働することで初めて可能になる。
それが、アポリアナの見解でした。
孤立した個から、全体と感応する存在へ――無機、有機、社会、そして宇宙との共鳴状態への移行が、今まさに策されているのです」
彼は少し照れたように付け加えた。
「説明がくどかったかもしれません。ご理解いただけたなら、嬉しいのですが」
ハニスはふっと息をついた。
「だが、正物質と反物質が接触すれば、《対消滅》が起きるのではないのかね?」
「さあ……どうでしょう」
ミーターは、珍しく曖昧に笑った。
「それ以上のことは、僕にもわかりません。
この先の謎解きは、ハニスさん―あなたの役目ではないでしょうか」
そして、静かに言葉を結んだ。
「なぜなら、陽電子から無機と人間の同調・感応を初めて見いだしたのは、《カルヴィン・アーキヴィオ》です。
その不死の従僕に全権を委ねたのは―あなたの由緒あるお名前を継ぐ、ジスカルドなのですから」
星光が、二人の間を静かに満たしていた。
つづく。



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