- アポリアナ ― 追憶の鍵を開けて①
ミーターの大冒険|第二部イルミナ 第4話
銀河横断・AIイルミナ・ナディール号再生の記録
銀河暦――。
四年の歳月を経て、ミーターの機体は完全復旧した。
量子神経回路、感応素子、自己修復フレーム。そのすべてが再構築され、彼は再び宇宙船ナディール号へと戻された。
ナディール号もまた奇跡的に蘇っていた。
AIイルミナは当然のように健在だった。
彼女の本体はネオ・エーテル連邦辞書編纂図書館の地下深層にある。受動機さえ確保されれば、銀河のどこへでも投射可能な分散意識体。それがイルミナという存在である。
現在、ナディール号はシナプス星の軌道上にあった。
極光が惑星の磁気圏を揺らし、青白い光の帯が宇宙へと伸びている。
ミーターはときおり地表探索を行っていた。
その姿には、再び銀河を横断しようとする並々ならぬ決意が滲んでいる。
だが――。
彼には一つ、奇妙な変化があった。
白昼夢。
航行中、あるいは極光を見上げる瞬間、彼の内部回路は過去の記憶へと滑り落ちる。
それはまるで、彼の全身がアルカディアの思い出で満たされているかのようだった。
イルミナはその兆候を、とうに把握していた。
心理スキャン。感情波形分析。記憶発火パターン照合。
それでも彼女は、あえて問いかける。
ミーターが「自ら語る」瞬間を待つために。
白昼夢の発火点 ― アポリアナ
その記憶は、五十年待ち続けた夜から始まる。
アポリアナとアンソア・シグマの再会――。
ミーターの内部記憶領域が開く。
ラヴェンダーの香り。
古い屋敷の木製階段。
窓をかすめる枝の音。
アポリアナはその夜を知っていた。
五十年前に約束された再会の夜を。
彼女は公務に追われながらも、密かに書き続けていた。
『追憶の鍵を開けて』――その続編を。
百年前、奇跡の女性ベリーが語ったミウォールの物語。その系譜の延長線上に、彼女は自らの人生を置いていた。
窓に枝が触れる。
アポリアナは微笑んだ。
――来た。
一階の玄関へ向かう足取りに、迷いはない。
鍵を開ける前に、彼女は一つの確認をした。
ネオ・エーテルの人間かどうか。
それは時代の証明であり、心の照合でもあった。
扉の向こうに立っていたのはアンソア・シグマ。
彼は歌を忘れていなかった。
「我らは銀河の子」。
五十年、毎日欠かさず練習していたという。
ニュートンから歩いてきた、と彼は語る。
途中、かつてのラヴェンダー畑に立ち寄ったとも。
香りは時間を超える。
それは記憶の扉を開く鍵。
アポリアナは静かに彼を迎え入れた。
家には、ミーターと彼女だけ。
その夜、追憶は現在へと変わった。
現在 ― ナディール号の艦内
「……またですね、ミーター。」
イルミナの声は柔らかいが、分析的だった。
ミーターの感情波形が揺らいでいる。
「あなたは今、泣いている状態に近い反応を示しています。」
ミーターはゆっくりと応答する。
「もし僕が人間なら、たぶん泣いているだろうね。」
シナプス星の極光が艦橋に反射する。
イルミナはあえて軽口を叩く。
「心理スキャン搭載・最新鋭イルミネショナーとしては、あなたのニヤニヤも白昼夢も全部把握済みです。」
ミーターはわずかに皮肉を返す。
「四年前の事故では停止寸前だったけどね。」
あの事件――
宇宙潮流データの誤差。
ターミナスの旧式航法。
惑星アナムネシスやカルガンの進んだ技術との差。
イルミナは一瞬、カルガンの名を口にし、言葉を止める。
その名が、アルカディアの記憶と結びついていることを知っているからだ。
沈黙。
そしてミーターが言う。
「イルミナ。ベリーのミウォールの記憶座標まで、どれくらいだ?」
それはアポリアナの遺言の一つだった。
追憶は感傷ではない。
座標だ。
航路だ。
過去は、未来へ向かうための銀河地図。
ナディール号のエンジンが低く唸る。
銀河横断は、再び始まろうとしていた。
つづく . . .
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