- ロン・シンファー
(SF長編『ミーターの大冒険』/銀河再興サーガ)
キーワード
銀河再興SF/ロン・シンファー/ミーター(Meter)/ハニス・イザル
クロノ・フラワー理論/反クォンタム律/惑星ヘリオス
連邦辞書編纂図書館改造伝達前夜/ナディール号前史
シンパシオン/コンシューアム/第一調律師
本文
銀河百科辞典編纂図書館の奥。
改修準備のため一時的に封鎖された小閲覧室で、
ミーターは慎重に言葉を選んでいた。
向かいに座るのは、ハニス・イザル。
まだ――
すべての決定が我々に正式に伝えられる前の、
わずかな空白の時間だった。
ミーター
「……ハニスさん。
ロン・シンファーが、アポリアナ屋敷を訪れた日のことですが」
ハニスは視線を上げる。
「俺が留守にしていた日だな」
「はい。
連邦辞書編纂図書館の改造計画が、
我々に正式に伝えられる直前のことです」
ミーターは、静かに続けた。
「ロンは、まず――
オリン・バーの死を、
僕に正式に伝えました」
その瞬間、
ハニスの表情から、わずかな動きが消えた。
「……そうか」
「はい。
噂や断片的な情報ではありませんでした。
あれは、確認済みの通達でした」
ロン・シンファーは、
感情を交えず、事実のみを告げた。
オリン・バーは、すでにこの銀河には存在しない。
事故でも、粛清でもない。
計画完了に伴う、不可逆的な離脱だと。
「その伝え方が……
あまりにも淡々としていて」
ミーターは、当時を思い出すように視線を落とした。
ミーター
「正直に言えば、
僕はあの人を、冷酷だと感じました」
ハニスは、肯定も否定もしない。
「だが、それだけを伝えに来たわけじゃないな」
「はい」
ミーターは頷いた。
「ロンは言いました。
“二つの完成”には、
アポリアナ・ペリゴールに関する情報と、
僕自身に関する情報が必要だ、と」
ハニスの眉が、わずかに動く。
「理由は?」
「彼の科学体系には、
クロノ・フラワー理論が存在しないからです」
ロン・シンファーは、
数式と装置において比類ない才能を持つ人物だった。
だが、
時間が臨界で“咲く”という思想――
歴史が反転点を持つという概念は、
彼の理論領域には含まれていなかった。
「だから彼は、
理論そのものではなく、
理論と接触した人間を必要とした」
ミーターは、そう説明した。
ミーター
「そして、彼は即座に行動しました」
「早いな」
「ええ。
屋敷を訪れ、
話が終わる前にです」
ロンはその場で、
コンシューアムへ連絡を取った。
銀河調律機関――
その中枢に位置する、第一調律師へ。
「惑星ヘリオス。
反クォンタム律の情報チップが、
クロノ・フラワー理論の補完に不可欠だと、
彼はすでに突き止めていました」
ハニスは、低く息を吐く。
「……ヘリオスか」
「はい。
調律師の仲介によって、
情報とチップは、
極めて短時間で我々の手に渡りました」
ミーターは、そこで言葉を区切った。
ミーター
「ただ――
その後の一言で、
僕は彼に強い反感を覚えました」
「何を言われた?」
「ロンは、僕を見て、
こう言ったんです」
ミーターは、わずかに苦く笑う。
「“君は優秀なチックタックだ”と」
ハニスの口元が、かすかに歪んだ。
「……なるほど」
「ええ。
正直、腹が立ちました」
チックタック。
歯車。
刻むための機構。
それは、
人間ではなく、
装置として扱われたように聞こえた。
「そのことは、
後でハニスさんにも伝えましたよね」
「ああ。
聞いている」
ハニスは短く答えた。
ハニス
「だがな、ミーター。
ロンは、惑星シンパシオンの出身だ」
「……彼の故郷の?」
「そうだ。
あの星で“チックタック”とは、
蔑称じゃない」
ハニスは続ける。
「文明の時間を狂わせず、正確に刻み続ける者への、
最高位の評価だ」
ミーターは、息を呑んだ。
「後になって、分かりました。
あの言葉は――
軽視ではなく、
期待だった」
ロン・シンファーは、
ミーターを使える部品だとは見ていなかった。
むしろ、
自分には担えない役割を引き受ける存在として、
彼を見ていたのだ。
「それでも、
最初は彼の分が悪かったですが」
ミーターは、そう付け加えた。
ハニスは、しばらく沈黙した。
やがて、静かに言う。
ハニス
「……だから、
ロンは先に準備を整えられた」
「はい」
「だから俺は、
一時撤退を選べた」
ミーターは、深く頷いた。
その数日後、
連邦辞書編纂図書館の改造方針が、
我々に正式に伝えられる。
同時に、
水面下で
ナディール号の新建造が進行していた。
ロン・シンファーはネオ・エーテルへ。
ハニス・イザルは地下へ。
ミーターは、まだ知らない。
自分が、
“刻む者”として、
ナディール号に乗ることを
次話予告
- 一時撤退 ―ナディール号発進前夜
すべてが我々に伝えられたとき、
銀河は次の段階へ進む。



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