
人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。
不自由を常と思えば不足なし。こころに望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。
堪忍は無事長久の基、いかりは敵と思え。
勝つ事ばかり知りて、負くること知らざれば害その身にいたる。
おのれを責めて人をせむるな。
及ばざるは過ぎたるよりまされり。
徳川家康の言葉
今、流行りの家康関連。時代もキナ臭い時代を迎えようとしているなかで、家康の人生訓をもう一度噛みしめることは我ら日本人にとってまさに尊重する機会を与えられた好運かもしれません。
家康の国家構想は、多くの考察が述べていますように、当時ヨーロッパ文明が世界の隅々に拡散していった時代にあっては、近代を否定し、中世への逆戻りの様相に映ったかもしれません。
昨今、戦後70年以上も過ぎた現在、当時の再来かと思わされるキナ臭い匂いが湧いてきたようです。
明らかに家康は、一部の対外との交流を開いていたわけですが、昨今のグローバリズムの方策よりは、ナショナリズムを選択したのでした。
問題は、今日、地球が一体化して行くのが必然とはいえ、そのグローバリズムとナショナリズムのバランス、そしてその内容のどの部分に比重を置くかの知恵深さがもとめられている、ということです。
そこで、家康の意義ですが、人類、あるいは個人、社会が先に歩みを進めなければならないこと(より安定的向上)が必定であるならば、一言で言うならば、「断捨離」の要諦ということでしょう。

福岡伸一氏の名著『動的平衡』、副題「生命はなぜそこに宿るのか」には、「飢餓」こそ、人類700万年の歴史と述べられている、一方、ドイツ生まれでアメリカで活躍した生化学者ルドルフ・シェーンハイマーの学説をやさしく説明され、またフランスの哲学者アンリ・ベルクソンの「弧」モデルを提示されながら、次のように説明されている。


「秩序あるものは必ず、秩序が乱れる方向に動く。 宇宙の大原則、エントロピー増大の 則である。この世界において、最も秩序あるものは生命体だ。生命体にもエントロピー 大の法則が容赦なく襲いかかり、常に、酸化、変性、老廃物が発生する。 これを絶え間なく 排除しなければ、新しい秩序を作り出すことができない。そのために絶えず、自らを分 解しつつ、同時に再構築するという危ういバランスと流れが必要なのだ。これが生きてい ること、つまり動的平衡である。」

勿論、「エントロピーの負の法則」を積極的に展開されたオーストリア出身の量子物理学者エルヴィン・シュレーディンガーの功績を我々は忘れてはならないでしょう。

「現在は、過去以外の何ものをも含んでいない。」(アンリ・ベルクソン)
さて、2017年に出版された、山本憲明(やまもと・のりあき)氏の本には、今まで述べましたスローガンとして格好なタイトルが見られます。
名付けて、『捨てる贅沢』
ポプラ新書
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