- 三百年目の晩餐会 第六部 ベイタ·ダレル ファウンデーションの夢
第七部
ベイタ・ダレル
トランターの夕暮れは、黄金色に染まった大気をゆるやかに包み込んでいた。旧ストーリーリング大学の遺構から少し離れた丘の上に、ひっそりと広がる農村共同体があった。自らを“コンポレロン人”と称する住人たちは、今、三百年祭の準備に忙しく立ち働いていた。
その中心に立つ屋敷の前庭では、村長リー・センターが、銀河の各地からの賓客を丁重に迎え入れていた。彼の顔には、歴史的な一夜を前にした高揚がありありと浮かんでいた。
屋敷の奥、花の香り漂う応接間で、ウォンダ・センターは父の腕をそっと握っていた。
「お父さん、しっかりして、私がついてますから。」彼女は柔らかくささやいた。「こういう時にお母さんが元気だったらよかったのにね。」
リーは小さくうなずき、少し声を震わせながらも力強く言った。
「まさしくその通りだ、ウォンダ。なにもかも揃いすぎてる。時も、役者も、まるで宇宙はじまって以来の舞台だ!」
古代トランターのカレンダーで刻まれるこの夜は、セルダンの三百年祭に、毎年恒例の村の祝祭が重なる特別な日だった。しかも今年は、ターミナスから来賓があるという。セルダンの名を冠した末裔たち。心理歴史学者。そして、驚くべきことに、あの伝説的な貿易商、ランデュ・ダレルの甥までもがこの地に足を踏み入れていた。
「出し物はプリマドンナのお前の披露だ。」リーは娘に目を向ける。「今晩だけは、毎年恒例の『星界の涯』ではなく、『宰相デマーゼル』を演じてもらうぞ。ネオトランターからも絶世の貴婦人がいらしているしな。気が狂うほどだよ。歴代ファウンデーションの英雄の子孫、ベイタ・ダレルさんが我が家に来るとは!」
ウォンダはくすりと笑った。「大袈裟ね。しっかりして。セルダンの名にかけて!」そして、目を輝かせながら言った。「とうとういらしたわね。」
やがて、晩餐会が始まり、リー・センターは堂々と紹介の場に立った。
「ダレル夫妻。こちらが私の娘、ウォンダ・センター。そして、こちらがネオトランターのヴェナ・ビリさん。」
ベイタ・ダレルはヴェナに目を留め、驚いたように声を上げた。
「まあ、この方 . . . ターミナスの我が家にある肖像画の、セルダンの奥さんだった“ドース・ママ”とそっくりですこと! 驚いたわ! それにお嬢様のそのドレス、私の三色のペンダントと同じデザインだわ!」
「ベイタさん。」ウォンダが身を乗り出す。「驚くのは、こちらですよ。母のペンダントと何で、同じものを?」
リー・センターは杯を置き、低く語りだした。
「私も驚いている。妻のペンダントを大変気に入った若者が昔いた。不時着して妻に看病された男、独立貿易商人協議会の . . . ランデュ・ダレルがいた。その甥っ子が . . . トランさん、あなただったんですね?」
ベイタは一瞬、目を見開いたが、すぐに得心したように微笑んだ。
「トラン、あなた . . . 叔父さんが若い頃ここに来たのを、どうして内緒にしていたのか、やっとわかったわ! 叔父さんが私に最初に会ったとき、じっとこのペンダントを見ていたの、私の美貌ではなく!」
ウォンダは父の腕にしがみついた。「お父さん。私も . . . 気が変になりそう!」
歴史と運命が絡み合い、三百年目の夜に、かつて結ばれなかった想いと、新たな出会いがひとつの舞台で交差する。セルダンの夢は、静かに次の章へと進もうとしていた。
次話につづく . . .
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この「第11話 三百年目の晩餐会」は、壮大な銀河叙事詩と人間ドラマが交錯する場面です。
📘 アイザック・アシモフ著『ファウンデーション』(ハヤカワ文庫SF)
物語の元となる心理歴史学の世界観やベイタ・ダレルの血筋の始まりを知ることで、この「三百年目の晩餐会」をより深く味わうことができます。
銀河帝国が滅び、人類が希望を託したのは――たった一人の数学者の“予言”だった。
ベイタ・ダレルが立つ「三百年目の晩餐会」の背景に流れるのは、アシモフが描いた“心理歴史学”の壮大な系譜。
もしあなたがこの物語の真の始まりをまだ知らないなら、今こそ読んでほしい。
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未来を変えるのは、計算ではなく「人の心」なのかもしれない。





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