46第13話星界の涯
ファウンデーションの夢
第七部 ベイタ・ダレル
エピソード第13話 星界の涯にて
リー・センターは、長い静寂のあと深く息を吐き出した。彼の視線は、虚空に浮かぶ恒星の航跡を追っていた。モニターに映るのは、かつてのドースさんの安らかな顔だ。
「やれやれ、これでいい . . . 我ながら完璧だった」
胸の奥で軋むような痛みが走る。だが、それは悲しみではない。使命を終えた者にだけ訪れる、淡い満足感だった。ドースさんの申し出を受け入れるのは辛かった。だが、それこそが望んでいた結末だったのだ。最初、ミュールが人の感情を自在に操る変異体だとは思いもしなかった。あの時の戸惑いが、今は遠い記憶となっていた。
背後から足音が聞こえる。娘のウォンダが、腕を組みながら睨んでいた。
「お父さん、それって自画自賛が過ぎない? 結局、何もしてないようにしか見えないんだけど!」
リーは微笑んだ。その目には、静かに燃える決意の残滓があった。
「ウォンダ、それは親の心、子知らずだよ。私は何年も前から準備をしていた。筋書きを書いたのは私なんだ。 . . . まだお前には、知らなくていい」
「そんな。今回の大役のご褒美に、それを教えてよ!」
しばしの沈黙。リーは溜息をつくと、椅子の背にもたれた。
「どうせ言っても、お前はまた私を嫌悪するだけだろう。それでも教えてあげよう」
彼はゆっくりと語りだした。
「故郷の星の古い諺にもある―『蛇のように狡猾で、鳩のように素直であれ』とな。そしてファウンデーションの初代市長ハーディンの名言もな――『いいことをするのに、ちゃちな道徳心に振り回されるな』。 . . . それが第零の法則なのだよ」
「第零の法則?」
「ハリ・セルダンは、ここで学んだのだ。ダニール・オリヴォーから、あるいは . . . デマーゼルと名乗っていた頃の彼からな」
ウォンダは戸惑ったまま、父の顔を見上げた。
「どういうこと? 具体的には?」
だがリーは首を横に振るだけだった。
「 . . . あとは自分で考えるんだな。今ごろは、ドースさんの体は、ダニールさんか、あるいはレオナルドさんが引き取りに来ている頃だろう」
モニターに映る映像がフェードアウトしていく。運命のピースが、ゆっくりと正しい位置に収まりつつある。
「ベイタさんは、私の恋敵だったランデュのヘイブンに到着した頃だ。ほんの二、三秒の違いで、すべてがうまくいった。 . . . ミスさんは気の毒だったが、死の直前に、ここが第二ファウンデーションだと気づいた。きっと本望だったに違いない。感応力だけでは、第二ファウンデーションの人間とは言えない。演劇的手腕も備えていなければならないのだから」
ウォンダは唖然とした顔で口を開いた。
「まあ!? じゃあ『星界の涯』って . . . ここのことなんですね、お父さん!」
リーの顔に、久しく見せなかった穏やかな笑みが浮かんだ。
「そういうことだ。銀河は星の渦で空間が歪んでいる。天体物理学を学べばわかるはずだ。 . . . そうだな。少しは進歩したな、ウォンダ。起点が終着点になる、ハリ・セルダンは惑星ターミナスが当時の銀河帝国図書館の館長から、その存在を聞かされた時、ピーンときたんだ。『星界の涯』という暗号を。それが銀河の秘密なんだよ。もっともそれを暗示させたのは、その時既に破壊から改修を受けた女性ロボットのドース・ヴェナビリ。陰でね!」
「まあ!」とウォンダは大きく口を開いて、両手で塞いだ。
宇宙の静寂のなかで、センター父娘の声だけが響いていた。幕は静かに下りた。だがその向こうには、再び蠢き始めた銀河のドラマが待っていた。
【第七部 完】
次話につづく . . .
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