蛸部屋の名探偵と一台

アルカディア・ダレル

蛸部屋の名探偵と一台
第七部 アルカディア・ダレル

第9話 蛸部屋の名探偵と一台

エピソード 55 

 戦火に包まれつつある銀河をよそに、トランター行きの貨物ワゴンの一室、通称“蛸部屋”では、思索に耽る少女が一人、肩をすくめていた。

 アルカディア・ダレル—今やダレル家の秘密を継ぐ者であり、ひそかにカルガンを脱出した密航者である——は、粗末な椅子に腰かけ、小さな鞄から一台の機械を取り出した。人の声を模し、機微を読み取るそのAIは、彼女の忠実な記録係であり、友人でもある。

「久しぶりの音写、頼むわね、ミーター。」

 鞄の中で小さく唸りをあげながら、ミーターが応じた。

「やれやれ、やっと狭いバッグから出られたと思ったら、今度は蛸部屋ですか。普通切符じゃなかったんですか?」

 アルカディアは小さく笑った。「しょうがないわよ、戦争なんだから。非常事態よ。やっとワゴンに滑り込めただけでも幸運だったんだから。カルガンから逃げる人で、スペースポートは地獄みたいだったわ。」

 彼女は小さな咳払いの後、急に声の調子を改めた。

「えへん。このリポートの表題は『何度も何度も繰り返されて』。重なり合う事実を整理すれば、次のような推論にたどり着けるの。」

 その口調はすでに“名探偵”のそれであった。

「まずね、祖母ベイタとミス博士の意見が微妙に食い違っていた。ミス博士は第二ファウンデーションを第一ファウンデーションにとっての脅威と見ていた。でも、ベイタおばあちゃんは違った。ミュールが敗れても、第一ファウンデーションが己を唯一の正統後継者と過信し、同時に第二ファウンデーションへの依存を深めるのを見抜いていたのよ。」

 彼女の瞳は鋭く輝いた。

「だからこそ、ダレル家の秘密にとどめ、公にしなかった。そしてトランターに残った。知っていることと、それを語ることは違う。おばあちゃんは、偉かったのよ!」

 ミーターが静かにうなずいたような音を立てる。

「さて、ここからが本題よ、ミーター。どうしてアンソーアは、クラウゼの弟子を名乗って突然パパの前に現れたの?」

 間を置かず、彼女は続けた。

「クラウゼ博士の脳波測定器よりも、パパの装置の方が高性能だった。つまり、アンソーアはその事実を恐れ、偽名で接触してきたのよ。そしてパパは、彼が第二ファウンデーションの一員だと、最初から見抜いていた。パパって、案外、やるじゃない!」

 彼女は声を落とした。

「でもね、もっと重大で、難解な問題があるの。なぜ、ベイタおばあちゃんはトランターで子供を産んだのか。私も、なぜそこで生まれたのか。」

 部屋の空気が静まり返った。

「カリア叔母様の目が、二度光ったのよ。一度目は、悲しげに。二度目は、驚愕とともに。あの瞳に、何かがある。わかる、ミーター?」

「お嬢様、及ばずながら、バッグに隠れたままでも感じておりました。」

 ミーターの返答に、アルカディアは大きくうなずいた。

「ホマー叔父さんも、あの目にやられたのよ。でも、私には効かなかった。だから、パパにも効かなかったはず。二人に共通するのは—トランターで生まれたということ!」

 その結論に、アルカディアは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「ベイタおばあちゃんは、それをわかっていた。そういうことなのよ、ミーター。」

 そして少女は身を乗り出し、未来を見据えるように窓の向こうを見つめた。

「さて、次は未来よ。トランターは大農業の星なんでしょ?」

「データによれば、ターミナスの農業生産力の百倍です。お見事、名探偵コナン・ドイル。」

 ミーターの皮肉に、アルカディアは得意げに笑った。

「ちがうわ。ミーター、いや、ワトソン君。私は名探偵—アルカディア・ダレルよ!」

次話につづく . . .

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