牧人の花園アルカディア

アルカディア・ダレル

牧人の花園アルカディア
最終話「牧人の花園アルカディア」
エピソード57
『ファウンデーションの夢』
第七部「アルカディア・ダレル」完
 アンソーアは重い扉を押し開け、厳かな沈黙が支配する部屋に足を踏み入れた。そこはワイ地区の奥深く、古代トランター時代の大理石を再生した壁が静謐に輝く、第二ファウンデーション本部の謁見の間であった。
「ナロビ長老、只今帰還いたしました」
 その声に、部屋の奥に佇んでいた初老の男がゆっくりと振り返った。ナロビは白い外套をまとい、長い沈黙の末に柔らかな笑みを浮かべた。
「アンソーア君、結果は成功だ。ご苦労であった」
 ナロビは一歩近づき、彼の肩に手を置いた。
「これで、しばらくはファウンデーションの運命も良い方向に推移するだろう。ベイタが発見した真のセルダン・プランは無事に守られた。我々を敵視する余地もない。そして——この場所が“第二ファウンデーション”であるということも、うまく秘匿できた」
 アンソーアの眉が動いた。「しかし . . . アルカディアが . . . 」
 ナロビはかすかにうなずいた。「ああ、あの少女は賢過ぎる。今回の計画、そのすべては彼女の精神が私に訴えかけてきたものだった。私は、それを実行に移したにすぎない」
 アンソーアの目がわずかに見開かれた。「まさか、あのアルカディアが?」
「わからんかね?」ナロビはゆっくりと窓の方へ歩みながら言った。「彼女は、最初から我々がトランターに潜伏していると知っていたのだよ。ダレル博士と彼女の二人だけがな。私が娘ジータを失い、悲嘆に暮れるダレルを帰還へと導いたのも、計画の一部だった」
 ナロビは立ち止まり、窓の外に広がる静かな星空を見つめる。
「だが、時が来た。わたしの時代はようやく過ぎ。長いミュールとの闘争だった。明日からは君がわたしの後任だ。しばらくはあのアルカディア、我が孫が2つファウンデーションに休暇を与えるだろう。キミは明日から第一発言者を名乗りたまえ」
アンソーアは深く頭を下げた。「身に余る光栄です。 . . . ご忠告など、ございますか?」
ナロビ(プリーム・パルヴァー)は静かに頷いた。「ひとつだけだ。第二ファウンデーション員は、いついかなる時も“礼儀”を忘れてはならん」
「礼儀 . . . ですか?」
「そうだよ。君、ターミナスのダレル邸に忍び込んだ時、二階の窓から入ったそうじゃないか?」
 アンソーアの顔が赤らんだ。「 . . . なぜ、それを?」
「私の娘、カリアから聞いた。カルガンで、ホマー・マンが腹を抱えて笑いながら、話していたそうだよ。君が夜の屋根から忍び込んだ話をな」
 ナロビはふっと笑い、長年の仮面を脱ぐように白い外套を脱いだ。
「これで私は元のプリーム・パルヴァーに戻れる。セルダン・プランの完成を祈って、娘ジータの墓参りに行こうと思う。君もどうかね? 彼女は本望であろう。ファウンデーションと第二ファウンデーションを繋ぐ“橋”になれたのだから」
 そして、ナロビ—かつてのプリーム・パルヴァーは最後の言葉を託した。
「アンソーア君、いずれ君がその任を果たし、引退する日が来たなら—ぜひ、もう一度ターミナスへ行ってごらん。あの星は、夕暮れに紫に染まる。きっと、アルカディアはその頃には第一線から退いている。彼女を訪ねるのだよ。今度こそ、ちゃんと一階の玄関のチャイムを鳴らしてな。」
 老人は微笑んだ。
「ここはワイ地区だ。アルファベットの“Y”の次は—娘の名“ジータ”、すなわち“Z”。そして、物語は振り出しに戻る。アルカディアの“A”から始まる、永遠の環だ」
 ナロビは歩みを止め、最後にこう付け加えた。
「そうそう。アンソーア君、あのミーターという機械執事はな、AからZのちょうど中間に位置する存在だ。“M”だよ。人と機械の狭間にいる、智慧の仲立ちだ」
 そして彼は目を閉じ、静かに語った。
「この知恵をくれた不死の従僕には、私も心から敬意を表したい。そう思わないか、アンソーア君?」
 部屋には静寂が戻り、やがて星々の海がまた、変わらぬ光を瞬かせはじめた。
『ファウンデーションの夢』第七部「アルカディア・ダレル」

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