62. 宇宙最大の謎

アルカディアの遺言
  1. 宇宙最大の謎

第八部 アルカディアの遺言
ファウンデーションの夢

ターミナス暦四四三年。

午後の光が、ラヴェンダー色のカーテンを透かして部屋の中に流れ込んでいた。
老女アルカディア・ダレルは、深い皺を刻んだ手を静かに膝に重ね、ホログラムの前に立つ銀色のロボットを見つめていた。
その光は、まるで遠い記憶を呼び覚ますように、柔らかく揺れていた。

「ミーター、銀河というのは、まるで謎に満ちているわね。」

静寂を破る声には、八十年の歳月を越えてなお消えぬ好奇心が宿っていた。

ロボット―ミーターは、わずかに首を傾けた。
「アルカディア様、また“幼い頃の話”ですか?」

アルカディアは微笑んだ。
「そうよ。私は子どものころからずっと考えていたの。―“昔々の銀河”は、いったいどんな姿をしていたのかしらって。お父さんを質問攻めにして困らせたものよ。特にハブロックの年表を、穴が開くほど読み込んでいたわ。」

彼女の瞳は、幼い日の輝きを取り戻すかのように明るくなった。
「けれど、どうしても辻褄の合わないところが多かったの。たとえば“結束点”―歴史記憶が消滅する以前と以後。その断絶の理由が、ずっと謎のままだったの。」

ミーターの光学センサーが静かに明滅する。
「“結束点” . . . それは、セルダン史学の中でも最大の空白区間です。」

「そうなのよ。」
アルカディアは頷き、遠くを見た。
「でもね、おばあさま―ベイタ・ダレルの『伝記』と『児童のための知識の書』を注意深く読むうちに、あることに気づいたの。不死の従僕……あの人はね、トランター帝国の宰相の座をハリ・セルダンに譲ったあと、二、三万年にわたる混沌の時代が訪れることを察知していたのよ。だからこそ、ハリの“二、三万年を千年に縮める”という理論を補うため、“ふるさとの星”を探す旅に出た―そう読めるの。」

「ふるさとの星 . . . ?」

「ええ、地球よ。」
アルカディアは柔らかく微笑んだ。
「私には、それが銀河史の最大の謎――“宇宙最大の謎”に思えてならないの。」

窓の外では、沈みかけた太陽が紫の地平を染め、光が部屋の空気を静かに震わせていた。

「その旅の途中で、彼―不死の従僕は、もう一つの目的を果たしたの。」
アルカディアは静かに語り続けた。
「ハリを支える人物を見つけたのよ。シンナックス星の青年、ガール・ドーニック。外見はひ弱でも、芯には鋭い洞察力を秘めていて、それを存分に発揮したの。」

ミーターは小さく頷く。
「ガール・ドーニック . . . ハリ・セルダンの最初の弟子にして、心理歴史学の実践者。記録上はそう残っています。」

「そのあとね、ハリの孫娘ウォンダと不死の従僕は、もう一度“故郷の星”を訪れたの。そこには、私たちが忘れてしまった根源的な答えがあったのだと思うの。そして―」
アルカディアはミーターに視線を戻した。
「そして彼は、もう一度、銀河復興の究極の原理を探しに、このターミナスから“最後の旅”に出たのよ。三度もね。いったい何のためだったのかしら?」

ミーターは短く電子音を鳴らし、まるで息を吐くように沈黙した。
「 . . . アルカディア様、それが“銀河復興の秘密の鍵”だとお考えなのですね。」

「ええ、ミーターちゃん。私はそう信じているの。」

その声には、確信と祈りが溶け合っていた。
部屋を包む静寂の中、ホログラムの光が微かに揺らめく。

やがてミーターが言った。
「アルカディー、ホームズ君。ターミナスの反対側――シリウス星系に“アタカナ星”という伝説の星があります。古い記録では、そこが“帰還の地”と呼ばれていました。 . . . まさか、その話をご存じのうえで、僕に問うておられるのですか?」

アルカディアはいたずらっぽく微笑んだ。
「もちろんよ。でもね、そこには奇妙なことがあるの。アタカナ星は“放射能”に覆われて、人間が住めないのよ。」

ミーターの光学センサーが青白く瞬く。
「放射能 . . . ?」

「そう。さあ、ジョン・ワトソン君――あなたなら、この大事件、どう解くのかしら?」

わずかな沈黙。
そしてミーターは、かすかな驚きを含んで言葉を発した。

「放射能 . . . !? まさか―そこが―」

その先を、誰も知らない。

ただ、ラヴェンダーの香りが満ちる部屋の中で、二人の沈黙が、ゆっくりと銀河の果てへと溶けていった。

次話につづく。

コメント

タイトルとURLをコピーしました