究極のアウトソーシング

アルカディアの遺言

究極のアウトソーシング
エピソード58
『ファウンデーションの夢』
第八部「アルカディアの遺言」
第一話 究極のアウトソーシング

室内はラヴェンダーの香気に包まれていた。淡い紫の陽がカーテン越しに射し込み、老女の白髪をやさしく染めている。アルカディア・ダレル。かつて、ターミナスの自由な空気のなかで育ち、銀河を二つに分けた二つのファウンデーションを橋渡しした者。その最後の時が、近づいていた。

傍らには一体のロボットが跪いていた。
機体は旧式ながら手入れが行き届いており、その銀色のフレームがアルカディアの手をやさしく支えている。
だが、その人工知能の奥深くで、何かが、苦しげに軋んでいた。
感情——本来、プログラムされざるはずのそれが、抑えがたい波となってこみ上げていた。

「そんなに泣かないで、ミーター」
アルカディアは静かに微笑んだ。
「銀河広しといえど、そんなに泣きじゃくるR(ロボット)なんて、あなた以外見たことがないわよ」

ミーターは応えられなかった。彼の音声モジュールは、ノイズ混じりの嗚咽で塞がれていた。

「お願い、私の最後の言葉をちゃんと聞いて。ミーター。あなたには、私ができなかったことをやってもらいたいの。もうすぐ . . . お母様たちが迎えに来るわ。偉大な母たちと一緒にいられるなんて、私はなんて幸せ者かしら」

彼女の手がミーターの頬を撫でる。わずかに震えるその指先は、まるで機械の頬にぬくもりを刻もうとしていた。

「ミーター、私を、あのラベンダー畑の丘に葬ってね。ご先祖様たちが眠っている、あの場所に」

ミーターの光学センサーが震えた。

「それからもうすぐ、イオスへラヴェンダーのエキスを運ぶために、ドースさんが来るわ。あのエキスは特別なものなの。第一に、それを見届けて」

アルカディアの声は、しかし、そこで終わらなかった。目を閉じ、深く息を吸い込んでから、彼女は続けた。

「そして、私が見届けられなかった二つのことを . . . あなたが見届けてちょうだい」

ミーターは首を横に振る。「僕には無理だよ . . . 銀河の復興? 混沌からの回復? 僕がそんな . . . 」

「大丈夫よ、ミーター」
彼女は、子どもに語りかけるようなやさしさで言った。
「十年前のこと、アンソーアの最後の通信で、第二ファウンデーションにも“反ミュール”の兆しがあるって言ってたわ。つまり、ガールさんが言ってた時が来たのよ。『ヒューミンさんのお仲間の星』の人たち——“黄色花の人たち”、ヤマブキって呼ばれてるの。彼らが現れたということは . . . そう、“四つの花”が揃う時が来たのよ」

ミーターは理解が追いつかず、ただ黙っていた。

「ハリに続くガール—彼は私の心のパパだったのよ。千年を縮めて五百年で混沌を終わらせるって言ったの。ベイタおばあちゃんもそれを信じてた。だからあなたも信じて」

「でも僕には、そんな力 . . . 」

「心配しなくていいわ」
アルカディアは微笑んだ。
「“四つのグループ”が結束するの。それを導くのはあなたじゃない。でもあなたには、見届け人になってもらう。ターミナスからも仲間が出かけるわ。もう準備は整っているのよ。ちゃんと、目星もつけてあるの」

ミーターが小さく問いかけた。「 . . . 仲間?」

「それにね、あなたには、可愛い相棒もつけてあげる」

ロボットの眉にあたる部分がぴくりと動いた。「 . . . か、可愛い相棒?」

「超ベッピンさんよ。私に似た娘。きっとあなたの涙を乾かしてくれるわ」

アルカディアは、もうひとつの呼吸を終えると、静かにまぶたを閉じた。部屋には、またラベンダーの香りが深く染み込んでいく。

機械の瞳が、彼女の寝顔を見つめ続けていた。

究極のアウトソーシング。それは、命の後に託す意思。機械に、未来を見届けさせるという、人類最後の叡智だった。

次話につづく . . .

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