第13話 女性原理
SF小説 ボー・アルーリン
「 . . . .惑星シンナックスの人々は、陽電子と陰電子の相互作用に注目し、持続的感性の優位性—つまり“女性原理”の重要さに気づきはじめていたのです」
ドース・ヴェナビリは、膝の上に開かれた『児童のための知識の書』を見つめながら、静かに読み上げた。船窓の外では恒星の微かな閃きが流れていく。惑星コンポレロンへの航路、その道中の静寂が、彼女に熟読の時間を与えていた。
「ダニール首領は . . . これを読みながら、どんな思いで女性原理にたどり着いたのかしら」
陽電子頭脳が処理するには余りある、人類の未来の命題。ドースの記憶ファイルには、何度も繰り返されてきた文明の興亡、文芸復興の発展とその瓦解の歴史が刻まれていた。そしてその背後に、ダニール・オリヴォーが果敢に試みた数多の挑戦の軌跡も。
「彼は . . . “女性原理の欠如”が、失敗の核心だと考えたのね」
ふと目を落とすと、書にはこうある。
女性原理とは、自然の季節の移ろいに神聖さを見出し、土地とともに暮らし、急激な変化を避け、近隣と調和し、多様性と創造性をもって、対話を基盤とした循環型社会を育む在り方である。
「まるで . . . それは、わたし自身の設計思想みたい」
ドースの表情に似た微細な陰影が、その人工皮膚に浮かんだ。彼女の設計には、ハン・ファストルフ博士の理想も織り込まれていた。心理歴史学の夢。それを実現させる存在—ダニール、そしてハリ・セルダン。
「そう、早く . . . 彼に会いたい。惑星トランターで—」
彼女は再び視線をページに戻す。そこに挙げられていた民族の名に、彼女の思考アルゴリズムが静かに反応する。
「ズールー . . . サーミー . . . イヌイット . . . アボリジニ?」
どれも、かつての地球文明の周縁に暮らしていた人々。極寒、極暑、自然の極限に生き、土地に根差した文化を営んでいた。
「なぜ、辺境ばかりなのかしら? 本当に女性原理が残っていたのは、文明の中心ではなく、周縁だったの?」
ドースは思索の海に沈み込む。生活様式、芸術、言語、歌や神話ーそのディテールの断片に触れたいと、彼女の知性が疼いた。
だが、次に目を移した行で、彼女は不意に顔を上げた。
「ギリシャ . . . ニフ? 括弧付き . . . そして、疑問符?」
(ギリシャの女性原理? 古典文明の核であるはずの場所に? それに . . . ニフって、なに?)
思考のループが始まる。その民族名は、どこか惑星シンナックスに関連するものなのか。あるいは . . . ?
ドースは、軽く溜め息を漏らした。あたかも人間の女性のような、癖のある仕草だった。
そのときだった。
宇宙に漂うダークマターの気配が、彼女の感覚器官の片隅をかすめた。人間には知覚できない、構成要素の一つ。だが、彼女の陽電子頭脳には—そしておそらく“女性型”である彼女にだけには—感じ取れる。
「 . . . わたしだけが、感じているのかしら?」
彼女はそっと、舷窓の向こうを見つめた。そこには、まだ言葉にならぬ宇宙の声があった。
(次話につづく)
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