第16話 文芸復興

ボー・アルーリン

SF小説『ボー・アルーリン』より

コンポレロンの大気に包まれたときでさえ、ドースの心は乱れていた。
それはロボットである自分にはあり得ないはずの“動揺”だった。
シンナでの発見と、フライト中に得た数々の知識。それを黙って抱えたままではいられなかった。

彼は首領――ダニール・オリヴォーのもとへと報告に向かった。

「ドース、君の洞察通りだ」

ダニールは壁面に浮かび上がる星図を見つめたまま、言った。

「古代の歴史消滅以前の人類の記憶、あるいは記録全般について、惑星シンナックスとガイアではセッツラーやスペーサーとは異なる扱いをしていた。もっとも、ガイアは私とレオナルドが創造した惑星だからね。創造以前の記憶がないのは当然だ」

彼は一瞬、目を伏せてから続けた。

「惑星シンナに一部の記録を秘蔵しておいたのは私だ。シンナはシンナックス人の旧開拓地。シンナックス文明は、天の川銀河におけるもう一つの文明とすら言える。だからこそ、われらは彼らに干渉してはならないと考えている。…彼らの感性は、第零法則の枠組みすら超えている可能性があるからだ」

ダニールはドースを振り返り、わずかに微笑んだ。

「そっとしておくのが、最善だと私は思っている」

「……もう一つ、あなたに訊かねばなりません」

ドースの声は低く、だが確かだった。

「首領、あなたは私のレイチを、ハリと共に――あの惑星サンタンニへ実験台のように送り込んだのですか?」

「 . . . 」

ダニールはしばらく黙っていた。

「彼は、マネルラと次女のベリスを連れて行きました」ドースの声は怒りに近かった。「なぜ、ハリは止めなかったのです?」

ダニールの目が細くなる。

「精神感応力だよ、ドース。レイチのそれは、私にすら驚異的だった。ハリは、彼の感応力に呼応する形で――いや、彼の行動に導かれる形で、心理歴史学を完成させようとした」

「心理歴史学を . . . 完成 . . . !」

その言葉を繰り返すドースに、ダニールはうなずいた。

「レイチは、われら第零法則のロボットよりも、もしかすると優れているかもしれない。あのやんちゃ坊主は今でも健在だ。ユーゴはトール地区、レイチはダール出身。いずれもセッツラーの中では特殊な階層。貧民窟から生まれたその精神力は、驚異的な跳躍を可能にした」

ダニールの声が穏やかになる。

「君は、君とハリがレイチを見つけ出したと思っているだろう。しかし、実際は逆だ。レイチが君たちを誘導したのだ」

「精神感応力…?」

「そう。彼は、自分の“家族”をつくった。もちろん、君がロボットだと知っていたかは定かではないが」

ドースは目を見開いた。

「 . . . それはつまり、“人間的な、あまりに人間的な”ということですか?」

「そうだ。ラシェルの例を見てもわかる。レイチは、君たち二人を仲の良い恋人同士に“仕上げた”のだよ」

ドースは絶句した。

ダニールは、彼女の目をまっすぐ見つめながら言った。

「ドース、理解してほしい。私はレイチの冒険を完全には制御できない。しかし――」

彼の声が、低く、静かに、決意を込めて続く。

「彼の家族を救う妙案がある。一人のコンポレロン人が今、サンタンニに向かう準備をしている」

「コンポレロン人 . . . ?」

「ああ。その男は、どこかレイチに似ていた。新たな銀河の“家族”を創り出すような存在だった。そして――」

ダニールは言葉を切り、宇宙図を見つめる。

「――もしかすると、その男こそが、この銀河の命運を拓くのかもしれない」

次話につづく . . .

参照リンク
https://ocean4540.net
Galaxy 20000 Years Later Series

BGM:
Spotify提供「Bedroom Eyes」by Kilauea
YouTubeで聴く
https://youtu.be/sMZBuep_t-k?si=rmmzJvqFKfINbZic

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