第12話 女性守護神

ボー・アルーリン

第12話 女性守護神
SF小説 ボー・アルーリン

銀河半球を越え、コンポレロンに向かう航宙船の静かな船室。
星の色が窓の外を流れていく。冷たい光、赤い光、そして淡い青。

ドース・ヴェナビリは、椅子にもたれながら、ゆっくりと目を閉じた。

「 . . . 懐かしいわね。ハリ、あなたと出会った頃のことを思い出すわ」

そう独り言のように呟きながら、彼女の意識は過去へと沈んでいく。惑星イオス。あの辺境の地で、彼女は最初の自己意識を得たのだった。

「あなたの名前は、ドース・ヴェナビリ。女性型ロボットとして設計されました。使命は――」

当時の記録音声が蘇る。だが、彼女の心に最初に刻まれたのは命令ではなかった。惑星シンナでの陽の光。風にそよぐ草原。若者たちのまなざし。

「君って、ロボットなのか?」
ある青年が照れ笑いを浮かべて訊ねたこともあった。

彼女は微笑を浮かべて答えた。

「そうよ。でも見た目は人間と変わらないでしょ?」

実際、彼女は金色の巻き髪を揺らしながら、30歳と自称していたが、見た目は20代前半。生まれは銀河暦11875年、ハリ・セルダンより123歳も前に製造されていた。

「あなたの任務は、ヘリコンから来た男、ハリ・セルダンを保護し、導くこと」

盟主ダニール・オリヴォー――かつてチェッター・ヒューミンと名乗っていた者――の命令により、彼女は惑星トランターに降り立ち、ハリと出会った。

彼女の読心能力は、ハリを幾度となく驚かせた。

「まるで…僕の考えていることが、すべて君に見えているみたいだね」
「ええ。でもあなたの頭脳は、見ていて飽きないの」

だが、その任務の中で、彼女は人間を傷つけるという選択を迫られ――結果、自己停止に至った。

時間は流れ、ドースの中ではひとつの問いが育っていた。

「私は、なぜここに存在しているのだろう . . . ?」

その問いは、盟主ダニールが3000年前に味わった絶望――惑星リンゲインの文芸復興の失敗、そして再出発としてのシンナックス人漂流実験と重なっていった。

「持続的感性の優位性 . . . つまり、女性原理に基づいた進化か」

シンナックス人は陽電子と陰電子のバランスに注目し、地球の滅亡よりも遥か前に新天地への旅に出ていた。そこから導かれた設計思想――それが、ドース・ヴェナビリという存在だった。

「私は、彼の妻にはなれない。でも…影から見守ることはできる」

ドースはかつての自分の歩みを噛みしめながら、ラグの都市を思い出した。美しい草原に囲まれた、織物の都市。そして、そこにあるシンナ大学の図書館講堂に、彼女が贈った絵画――《イエキリのカナの婚礼》。

「博士号、取得おめでとうございます。記念の寄贈だなんて . . . シンナの誇りです」

若き学者たちの言葉が甦る。

「ありがとう。でも私は歴史を研究する以上に、未来を信じたいの」

そして今、彼女はまた新たな決意を抱いていた。

「私は、彼を守る。妻ではなく、見守る女神として」

つづく

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