最後の五人会議(第2回)
第110話最後の五人会議(第2回)
第110話 最後の五人会議(第2回)
SF小説 ボー・アルーリン
ホルク・ミューラーは、密かに集まったこの五人会議の議題として、まずステッティン・パルヴァーに発言を促した。
彼は静かに切り出した。
「当初の見通しは、ユーゴ・アマリルが計算した極素輻射体の照射データに基づき、“論拠1”に沿って進めてきました。
セルダン裁判で弁護士アヴァキャム氏が語った『自然変数』──これは、30分の1に短縮された三万年の混沌期間、つまり1000年の混沌を指します。皆さんも異存はないでしょう。
しかし、ここにいるガール・ドーニックが、そのセルダン変数に重大な欠陥を発見しました」
ステッティンが続ける。
「セルダン変数は、“集団理性の非連続性”を考慮していなかったのです」
本来であれば、これについてはガール本人が説明すべきだが、グループの結束のため、そして第2ファウンデーションを代表する立場として、自分が代わりに解説したい──そうステッティンは言った。
「ウォンダにも既にこの内容は伝えてあります。ボー、よろしいですね?」
ボー・アルーリンは頷いた。
「もちろんだ、第2ファウンデーションのリーダー、ステッティン。
特に“集団理性の非連続性”が問題にするのは、社会の時間的な流れをどう維持できるかという点だ。
もっと突き詰めれば、地域共同体、ひいては家族単位の精神的な強さが問われている」
ステッティンは軽く頭を下げ、話を続けた。
「セルダンの理論では、人類社会は銀河規模で“なめらかに変化”するものと想定されていました。
つまり、社会の構造や思想、経済モデルは緩やかに推移し、極端な跳躍(パラダイムシフト)は平均化される──と。
ところが、ガール・ドーニックは新たな現象を発見しました。
『集団意識が閾値を超えると、突然、全く異なる価値観や行動原理へと一気に転移する』という、社会的な相転移です。
極素輻射体のデータを再解析し、アマリルの照射計算をもとに、フラクタル的変動として数式化できました。
これは、心理歴史の安定過程の中に、突如“予測不能な飛躍”が入り込むことを意味します。
つまり、セルダンが想定した1000年の縮小期間さえも、揺るがしかねないのです」
ウォンダが頷きながら言った。
「要するに、歴史は確かに大きな流れではスパイラル状に進むけど、急に運命の上昇や、逆に深い奈落への落下もあり得る、ってことね」
ホルクも同意した。
「その通りだね。
ハリ・セルダンの予言を“絶対に間違わない”と盲信するのも危険だ。心理歴史学も科学の一分野にすぎないからね」
ボーも静かに口を開いた。
「さらに言えば、セルダン変数の中には、“意図的なフェイク(偽装)”も混じっている可能性がある。
たとえば、300年後に予定されている第6回目のセルダン顕現。
そのとき彼が語る未来像と、実際の現実が食い違っているかもしれない。──そう考えていいのかな、ガール?」
ガール・ドーニックは大きく頷いた。
「その通りです、ボー。
実際、第6回目以降のセルダン顕現では、意図的に“ズレ”を入れる必要がありました」
驚きながらもボーが言う。
「キミの狙いは──セルダンの1000年計画を、500年で完結させることだな?」
ガールは目を見開いた。
「どうしてそこまで読めるんですか?」
ボーは微笑みながら答えた。
「ホルクの“パラコンシステンシー指数”から逆算できるからだよ。
その定数理論から、指数の総和を引き算すれば答えが出る。
キミはホルクが現地調査で集めた膨大なデータを基に、微細心理歴史学の新しい公理を組み立てたことを忘れてはいないだろう?」
ガールは少し顔を赤らめながら答えた。
「はい。
確かに私はホルクの計算式と公理から導き出しました。
具体的には、ホルクが銀河辺境で発見した“紫外線効果”、ダニールの地球初探索報告に出てきた“ニフ文明”、
そして“穿ち口(うがちぐち)”や“アタカナ”の真実──それらを元に、私自身も地球と他の三惑星を訪れ、
『紫外線誘起情報転送と穿ち口による銀河的文明再生メカニズム』という正式な報告書をセルダン博士に提出しました」
そこまで聞くと、すでに理論を理解していたはずの一同も、深く大きなため息をついた。
──会議も終盤に差しかかったとき、ウォンダがふと思いついたように言った。
「つまり . . . 銀河中にある“穿ち口”って、結局は“家族の絆”なのね。
私たちも、セルダンの顕現に合わせて──いいえ、時空を越えて、心をひとつにするってことね」
『SF小説 ボー・アルーリン』完
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