惑星サンタンニ

ボー・アルーリン

第15話 惑星サンタンニ
第15話 惑星サンタンニ

SF小説 ボー・アルーリン

ドース・ヴェナビリは静かに自室―フロア426-Bを出て、約束していた女性パーサーの待つ食堂へと向かった。銀河をまたぐ任務の途中とは思えない、わずかな私的な時間。しかしその夜は、ただの休憩では終わらなかった。

彼女―ヴァレンティーナ・オグニ。
初対面の印象とは裏腹に、会話を重ねるごとにその博識さに驚かされた。ドースは気づけば、相手の言葉ひとつひとつを観察し、意味を掘り下げていた。とくに歴史の話題になると、ヴァレンティーナの鋭い質問が矢継ぎ早に飛んできて、彼女をしてさえたじろがせることがあった。

(この銀河に、彼女のような女性がどれほど存在するだろう?)
ドースの胸に、そんな思いがよぎった。聡明で、好奇心に満ち、理性的に問いを重ねるこの女性のような存在が増えれば―もしかすると、ハリたちが危惧していた銀河の衰退は杞憂となるかもしれない。

あるいは、自分の任務のひとつはこうした人間女性たちの歩みに寄り添い、支え、共に未来を築いていくことなのではないか。
―もちろん「生む」というのは、生物学的な意味ではない。けれど、思考の芽をともに育むという意味でなら、ありうることだ。

ヴァレンティーナは、かつて帝国の高等教育機関で帝国史を学んだという。そうした背景を知ったドースは、彼女との会話のひとつひとつを、より丁寧に、より深く紡ごうと心がけた。なにより、彼女との対話から第零法則グループにとっての新たな視点が得られるかもしれない。そう感じたのだ。

私的な話も聞かされた。
ヴァレンティーナの今の交際相手には、生殖機能がないという。そのことが、彼女の抱える第一の悩みだという。将来をどうするか、彼女なりに思いあぐねているのだ。

(それは…ハリとの間にライチを養子に迎えたときのことを思い出すな . . . )
ドースはひとつ、内心で頷いた。これは、おそらくひとつの機会なのだろう。

ヴァレンティーナ・オグニ―。この女性はきっと、誇りを失わず、強く、そして美しく生きていくはずだ。舷窓越しに見えたダークマターのゆらぎが、まるでそう語っているように思えた。
もしかすると、自分が女性型として造られたからこそ、こうした感受性があるのかもしれない。それにしても、この同情とも共鳴とも言える感覚は、どこから湧いてくるのだろう? それは宇宙を漂う潮流のように、ダークマターから発しているようにも感じられた。

そのとき、ふとドースが話題を変えた。

「ところで . . . 」とドースは穏やかな声で切り出した。
「今、惑星コンポレロンではどんなニュースがありますか? あなたは何に興味を持っておられるのかしら?」

「コンポレロンではね、謎の救世主の話でもちきりなんです」
ヴァレンティーナの瞳がふっと輝く。「惑星スミルノに移住していたシンナックス人―およそ千人が、突然惑星セーシェルの軍隊に襲撃されたの。でも偶然その場にいた商人が、彼らを貿易船フライデー号に乗せて救い出し、コンポレロンに戻ってきたそうなんです」

「まあ、今どきそんな英雄がいるなんて!」
ドースは思わず声をあげた。「その人物がコンポレロン人なら、誇り高き話ですね」

「ただ . . . その商人、正体がわからないんです」
「正体が?」

「ええ。痩せっぽちで、頭髪が薄い男だったという噂だけ。ニュートーキョウ宇宙空港から、突如姿を消したらしいのです」

ドースはしばし言葉を失った。

「それで . . . あなたが惑星セーシェルについてくどくどと訊いてきた理由がわかりましたよ」

ヴァレンティーナは少し肩をすくめて笑った。「最近、この銀河では秩序の崩壊が加速してると、民間メディアがしきりに報じているんです。惑星そのものが崩れていくように」

「惑星セーシェル以外にも? まさか、銀河辺境の―サンタンニではないでしょうね」
ドースの目が細くなる。「あの、“文芸復興”を喧伝しているサンタンニが?」

「ええ、その、まさか、です」

「 . . . !!」

衝撃の言葉に、ドースは一瞬、時が止まったように感じた。
その沈黙のなか、ふたりの周囲では食堂の光が静かに揺れていた。

次話につづく。

musician :Deepspace
Music :Floor426-B
https://youtu.be/hLht99zuFSc?si=5f7bep0FDMYEY7pO

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