地球は一つの生命体

ボー・アルーリン

第99話 地球は一つの生命体
SF小説 ボーアルーリン

⚪ジョン・ナックの警鐘

「地球に命があると、本当に信じているのだろうか?」
ダニール・オリヴォーは、書斎のホログラム端末に映し出された文章を改めて読み返した。惑星シンナックスの生みの親、地球時代のジョン・ナックの著書『歴史思想書』の一節だった。

「話の上でみんなが言えば言うほど呆れてくるのは私だけなのかもしれない。様々な証拠を突きつけられようとも、人の心はそう簡単に利己主義の殻から抜け出せないのが真実ではないのか。」

彼ダニールはため息をつき、視線を窓の外へと向けた。惑星トランターの空は都市光に覆われ、夜空すら見えない。だが遠くには、かつて人類の故郷と呼ばれた星、地球があるはずだった。

ナックは自問する。
「地球が何十億年にもわたって酸素濃度を維持してきた奇跡を、心の底から驚嘆し、畏敬の念を抱く者はどれほどいるのか?」

⚪ハリ・セルダンは臨終の床にいた。

今や、長年の友人の一人として、再び若き時の姿のまま、かつて、チェッター・ヒューミンが訪れた時の記憶を思い出していた。

惑星トランターの夜は、不穏な静寂に包まれていた。

「ハリ、君にとっては残念な知らせを持ってきた。サンタンニの騒乱のことだ。」

ハリ・セルダンは、椅子にもたれかかり、目を閉じた。

「もう言わないでくれ。わかっている . . . レイチのことだろう?」

ヒューミンは沈黙した。

「君は私にとっての死神なのか . . . 」
ハリは呟くように言った。もはや彼に残された肉親は、ウォンダだけだった。そのウォンダも最近では、同じ感応者であるステッティンと行動を共にしている。

ヒューミンは、意を決したように口を開いた。

「もう一つは、良い知らせだ。行方不明だった第七アーカディア号はサリプに着いていた。そして今、アナクレオンで無事に暮らしている。私は彼女たちをターミナスへ連れて行く。それでいいな?」

ハリは、ゆっくりと息を吐いた。

「頼む . . . 、ヒューミン、いやロボット、ダニール・オリヴォー」

今や、ハリはこの会話がどのくらい過去の話しだったかも忘れかけていた。

⚪シンパシック・ハーヴェイ号

ガール・ドーニックは、目を覚ました。
 見知らぬ航宙船のベッドに横たわっている。

「ここはどこだ?」

金縛りにあっているようだった。ぼんやりとした視界の中で、目の前に立つ女性のシルエットが浮かび上がる。

「あなたはガール・ドーニックね?」

金色の髪を持つその女性は、微笑みながら言った。

「ここはシンパシック・ハーヴェイ号よ。私はウォンダ・セルダン。あの禿ジジイの孫。血は繋がっていませんけどね。」

ガールは飛び起きようとしたが体が動かない。

「何だって!? セルダン先生の孫? それに、ここはどこなんだ?」声を発しているようでその声が自分の耳に届いてはいない。

ウォンダは肩をすくめた。

「ヒューミンおじさんの依頼で、今、地球に向かってるのよ。」

ガールの目が見開かれた。

「地球だって!? ターミナスじゃないのか!?」

その瞬間、またもやガールに眠気が押し寄せた。

⚪地球は一つの生命体

ガール・ドーニックが、もう一度目を覚ました時、何かがおかしいと直感した。

彼が最後に記憶しているのは、惑星トランターのハリ・セルダンの研究所で、ヒューミンと再会したこと。だが、次の瞬間、意識が遠のき、そして . . . 今、彼はまったく見覚えのない航宙船の中にいる。

「ここは . . . ?」

船内は異様な静けさに包まれていた。
彼は身を起こし、周囲を見渡した。すると、ふいに女性の声が響いた。

「今度はホントに目が覚めたのね?」

振り向くと、そこには端正な顔立ちの若い女性が立っていた。

「君は . . . 誰だ?」

「前にも言ったわ、ウォンダ・セルダンよ。」彼女は微笑んだ。」

ガールは混乱した表情を浮かべた。

「なんで僕がここに?ヒューミンさんは?セルダン先生は?」

「ここはシンパシック・ハーヴェイ号の中。怪力の女性ロボットがあなたを船内に担いで運んだわ。今、地球に向かってるわ。」

「地球!?」ガールは驚愕した。「ターミナスじゃないのか!?それに、僕は何も聞かされていない!」

「私も詳しくは知らないの。でもね . . . ヒューミンおじさんが地球で何かを発見したらしいのよ。」

ガールは、彼女の言葉を半信半疑で聞いていた。

「ある星をつくっているお仲間が、ある報告をしたそうよ。ヒューミンおじさんが地球で受けた光の放射は、”心”を持っていたとしか考えられなくてね . . . 。それから、その場所から水が湧いてきて、島ができて、木が生えてきたって。」

「馬鹿な . . . そんなことが . . . 」

ウォンダは、わくわくした様子で続けた。

「それをわたしたちにも体で感じてもらいたいって、ヒューミンおじさんが言ってたわ!」

ガールは、もう何が何だか分からなくなった。

⚪クローヴァー

地球に降り立ったウォンダとガールの目の前には、異様な光景が広がっていた。

「放射能に汚染されているはずなのに . . . 」ウォンダは呟いた。「ここの泉の水だけ、汚染されていない . . . 」

彼らが立っているのは、小さな島だった。周囲は一面のクローヴァーに覆われている。

「この3色の容器に分けて運ぶわ。」ウォンダは決意したように言った。「三つの場所へ。」

「三つ?」

「一つ目の透明な容器は惑星トランターへ。二つ目の黄色い容器は、ヒューミンさんのお仲間がいる星へ。そして、三つ目の紫の容器は、惑星ターミナスへ。」

ガールは唖然とした。

「君は . . . 本気なのか?」

ウォンダは静かに頷いた。

「 . . . それにね、気づいたのよ。このクローヴァーの意味。」

彼女は、そっと四つ葉のクローヴァーを摘み取ると、それを見つめた。

「三つの意味。それが本当は一つだということ。」

「どういうことだ?」

「人間一人一人が、独立して、自尊心を持って生きている . . . 。だけど、みんなと共に生きることが、本当の幸せなんじゃないかって。」

ウォンダは、優しく微笑んだ。

「単なる勘ぐりかしら?」

ガールは、クローヴァーを見つめながら、ゆっくりと深呼吸した。

この星は死んでいる。そう思われていた。
けれど本当にそうなのか?

地球には、まだ命があるのではないか?

この水と、このクローヴァーが、その証拠ではないのか?

彼の心に、新たな疑問が芽生えた。

そう思ったやさき、ウォンダが言った。
「ドーニックさん、惑星ターミナスに紫のこのシリンダーを私の妹に届けてもらえるかしら」

《以上惑星イオス経由のシンパシック・ハーヴェイが撮らえた動画画像。》

次話につづく . . .

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