ガールとベリス、そしてボー
第104話ガールとベリス、そしてボー
第104話 ガールとベリス、そしてボー
SF小説 ボー・アルーリン
ターミナスの西区画に、新たに建設が進められている施設があった。
帝国辞書編纂図書館。
この図書館は単なる辞書の編纂所ではない。銀河中から集められた歴史的記録、語彙の変遷、方言、そして文化の痕跡を記録し、体系化する場だった。
ガール・ドーニックは、その設立に深く関与していた。
彼の元に、ボー・アルーリンが訪れる。
「ようやく、形になってきたな。」ボーは建設中の施設を見上げる。
「辞書の編纂と歴史の整理は、単なる言葉の保存じゃない。」ガールはゆっくりと歩きながら言った。「それは証古学(Archetypology)と、微細心理歴史学(Microscopic Psychohistory)の交差点なんだ。」
ボーは少し眉を上げた。「シンナックスをつくったジョン・ナックの宇宙潮流理論に裏付けられた証古学は、古い語彙や概念が文化の記憶にどう沈殿し、未来に影響を与えるかを研究する学問だ。だが、キミの考えでは、それが心理歴史学とどう結びつく?」
ガールは建物の壁を指差す。「たとえば、この壁に埋め込まれている石だ。帝国時代の建築物の残骸から持ってきたものだが、これがここにあることで、新しい意味を持つ。」
「文化の継承という意味か?」
「それだけじゃない。微細心理歴史学は、集団の無意識が歴史の流れをどう変えていくかを研究するものだ。言語の変遷や記録の書き換え、誤解の蓄積 . . . こうした細かな変化の累積が、心理歴史的な大きな転換点を生む。」
ボーは静かに頷く。「つまり、辞書編纂図書館は、未来の心理歴史学の基盤にもなるということか。」
「なるほど、その通りだ。」
ガールは建物の中央へと向かう。そこにはすでに大理石の円卓が設置され、いくつかの古い書物が並べられていた。
「帝国の崩壊によって、過去の記録は歪められ、失われる。しかし、その失われたものを体系的に再構築し、記憶を再生することができれば、心理歴史の未来予測はより精密になる。それが、証古学と微細心理歴史学の交点だ。」
ボーはじっとガールを見つめた。「お前は、本気でこの図書館を、ターミナスの中心に据えるつもりだな。」
「そうしなければならない。」
ガールは迷いなく答えた。
「心理歴史学の基盤となるのは、まずデータだ。人々の記録、文化の痕跡、語彙の変遷 . . . それらがなければ、心理歴史学もただの理論で終わる。ファウンデーションは軍事力ではなく、知識の体系を持って未来を支えなければならない。」
ボーは少し口角を上げた。「ウォンダが聞いたら、誇りに思うだろうな。」
「彼女も、第2ファウンデーションの心理歴史学者たちも、みんな証古学を軽視していた。でも、僕は違う。歴史の裏にある細部こそが、未来を決めるんだ。」
「 . . . そして、その指導者は、お前だというわけだ。」
ボーは改めて、ガールの成長を感じていた。この丸顔で童顔でいつも笑顔の絶やさないこの好青年に目を細めた。これまでのターミナス建設の全権を本気で託した瞬間であった。ボーは長い時間の流れを感じながらユックリと微笑んだ。
ベリスの役割
その日の夕暮れ、ガールはもう一人の人物と対面していた。
ベリス・ドーニック。
彼女は、ウォンダの妹であり、祖母ドース・ドーニックの影響を強く受けた人物だった。
「辞書編纂図書館に協力してほしい。」
ガールは彼女にそう告げた。
「 . . . どうして私を?」
「貴女は文化と歴史の感覚を持っている。そして、証古学と心理歴史学の両方を繋ぐことができる数少ない人間だ。」
ベリスは少し考え込んだ後、静かに言った。「 . . . わかった。やってみる。」
未来への布石
夜、ガールは静かに一人、図書館の中を歩いていた。
棚にはすでに多くの記録が収められ始めていた。銀河標準語、地方方言、古帝国語、失われた詩歌、都市の伝説、歴史の断片 . . .
その全てが、未来の心理歴史学にとって不可欠なピースとなる。
歴史は細部の積み重ねであり、心理歴史学はその上に成り立つ。
彼は、ターミナスの未来がここから始まることを、強く確信していた。
次話につづく . . .
コメント