真説仏教伝来⑫ 禅やヨガも古代から日本に伝わっていた。(佐藤達矢稿)

佐藤達矢稿

真説仏教伝来⑫ 禅やヨガも古代から日本に伝わっていた。

 これまで、お釈迦様の説かれた仏教がいかにして日本に伝わってきたか、ということを調べてまいりました。

 私はこのことを調べるうち、日本では仏教の宗派の一つ、あるいは修行法のひとつとして取り入れられている、「禅」や「ヨガ」といったものも、古代から日本に伝わっていたのではないか、と考えるようになりました。今回はこのことをご説明いたします。

 まず、ウエツフミに書かれている記述から。

 ウガヤフキアエズ王朝の歴代王の中に「ミトシササタケヒコノ尊」という人物がいて、この人は220歳になった時、自ら岩の宮にこもり、入り口を閉じさせて6日目に昇天したのですが、それから10日後に声が聞こえたので息子が岩室に入ってみたところ、父親は日常のごとく座っており、「10日ごとに現生の様子を見に戻る」と言った、ということです。

(古史精伝ウエツフミ原文併記全訳第4巻P171 吾郷清彦著 霞ヶ関書房 昭和50年)

この記述、ヨガの高僧が最後にたどり着く究極の奥義である「マハーサマディ」、あるいは仏教僧が生きながらミイラになり、即身仏となる「入定」という行為に非常によく似ています。

ヨガの場合、ここまでたどり着いた修行者は死から解放され、自ら肉体という衣を脱ぎ捨てて魂だけの存在になるということです。マハーサマディは「即身成仏」と訳されていますが、実際はヨガと仏教では少し意味合いが違うようですが、自ら肉体を離れるという点では一致しています。

また、220歳という年齢も驚きですが、ウエツフミにはそれ以上の天寿を全うした王の記述が随所に見られ、古事記、日本書紀もまたこの影響を受けています。

そして、意図的に寿命を延ばす方法がヨガの世界には見られます。

それは「プラーナーヤム・ヨガ」と呼ばれる呼吸法のことで、ヨガの奥義を極めるためには50年や70年という時間では到底足りないことから、修行できる時間をできるだけ増やせるように考案されたもののようです。

この呼吸法を修練させてものにするためには、毎日朝昼晩と30分程度の呼吸法のエクササイズを必ずこなさねばなりません。しかしこれをやり続けることができた場合、どんな人でも120歳程度までは生きられるようになるようです。

インドという国は戸籍制度がいまだ整備されていないため、何歳なのかわからない老人が多数いて、家系によっては先祖代々、全員が120歳以上生きている、という家もあるようです。

すると、このヨガの秘法が古代日本のウガヤフキアエズ王国に伝えられ、その代々の王はプラーナーヤムの呼吸法を取得していた、とも考えられるのです。

タスミン サティ シュヴァーサ・プラシュヴァーサヨーホ ガティ・ヴィッチェーダフプラーナーヤーマハ

(快適に、安定した姿勢が確立した時)息の吸い、吐きの流れが自然に静まります。それがプラーナーヤーマ(呼吸を整えること)です。

ヨーガ・スートラ第2章49節

ヨガや禅というものは、日本では仏教の範疇に入れられていますが、もともとはお釈迦様の教えとはなんの関係もなく、それぞれ独自に発生し、発展したものです。そして、その発祥の地はすべてインド・・・このあたりからも古代日本とインドという国の結びつきの強さが推して知れます。

ところで、ここで思い出されるのがまた、あの「長遊禅師」です。

私は日本へ初めて仏教をもたらした人物はこの人ではないかと考えているのですが、実際は歴史に登場してこない人物がもっと早くから日本にお釈迦様の教えを広めていた可能性があります。いや、その可能性のほうが高いかもしれません。お釈迦様の入滅から長遊禅師の登場までは500年ほどの歳月がありますから・・。

そして、このお方が「禅師」と呼ばれていることがまた曲者です。

以前申し上げた通り、お釈迦様の教えと禅は関係ありません。お釈迦様は自らの修行法として瞑想を取り入れていたようですが、瞑想と禅も似て非なるものです。

つまり、お釈迦様の教えを仏教として広めた長遊禅師は、正当な仏教と禅の修行法の両方をマスターしていた可能性があるのです。

もっとも、長遊禅師は別名「長遊和尚」と呼ばれたり、「宝石和尚」と呼ばれたりしており、禅を行っていたから禅師と呼ばれていたとは限りません。これらはおそらくみな本名ではなく通称でしょうから、後世になって「禅師」と呼ばれるのが一般的になったというだけのことでしょう。

「禅師」と呼ばれた理由は、彼が首露王の子供たちを出家させ、座禅の修行によってすべてを即身成仏させたという伝説に基づくものでしょう。しかし、実際に彼らが行った修行は座禅ではなく、瞑想であったことでしょう。

ヨガの体系は大きく分けて7種類あり、その中でもメインとなるものは呼吸法であるプラーナーヤム・ヨガと、瞑想法であるメディテーション・ヨガです。

メディテーション・ヨガを極めてマハーサマディに達するための補助的な目的で開発されたのがプラーナーヤム・ヨガです。ちなみに日本で普及している「様々なポーズをとることで健康を増進させる」ことを目的としたヨガはハタ・ヨガと言われ、その他のヨガの修法に入る前の準備運動のようなものです。

このようなヨガの修法は古代の日本に伝えられ、ウエツフミのような本に書き残されているということは驚くべきことです。しかも、その内容を素直に読み取るなら、そこにはヨガの究極の奥義に達した人物が描かれています。このマハーサマディにまだたどり着ける人はごくまれにしか現れず、インド全体の歴史の中でも数十人くらいしかいないようですから・・。

ウエツフミのような書物を「偽書である」と言って退けてしまうことは簡単です。しかし、それは単なる研究の放棄でしかありません。偽書と主張する場合はそれなりに論理的・客観的な論証が必要であり、偽書であることを証明しなければなりません。

私個人は、ウエツフミは古事記、日本書紀のネタ本となったものではないかと考えています。おおむね記紀の記述内容と重なる部分が多いのですが、記紀よりもはるかに詳しく具体的に記述されている事項が非常に多いのです。詳しい資料から簡単なダイジェスト版を作ることはできますが、ダイジェスト版から詳しい資料を作ることはできません。

この意味で、ウエツフミという書物は記紀という書物がどういうものであるのかということを調べるのに欠かせない資料でもあります。

コメント

タイトルとURLをコピーしました