- 幽玄のなかの先駆者との対話
ミーターの大冒険
第一部 紫からの飛躍
エピソード16
ネオ・エーテルの空は、いつもより低く、重く見えた。
港湾区の外れ、観測塔の上層で、ミーターは静かに待っていた。
そこへ現れたハニスの歩みには、旅の疲労よりも、何かを超えてしまった者特有の緊張がまとわりついていた。彼の眼差しは遠く、しかし確かに一点を見据えている。
「ミーター君」
呼びかけは穏やかだったが、その声には決意の硬度があった。
「今回の旅はな、すべて順調だった。―いや、大成功と言っていい」
ミーターは即座に応答しなかった。
人間が「成功」と言うとき、その裏にある代価を、彼は学習しすぎていた。
「アポリアナさんが、昔こう言っただろう。
『銀河は謎に満ちている』って」
ハニスは一歩、窓際に進み、星々を見下ろした。
「ようやく分かった気がするんだ。
生きている俺たちは、幽玄の世界に生き続けている“先駆者”たちと、対話しなきゃならない。
それができなきゃ、歴史はただの瓦礫になる」
ミーターの内部で、記録照合プロセスが走る。
「幽玄」「先駆者」「対話」―定義不能語彙の連結。しかし、論理的破綻は検出されない。
「歴史消滅の結束点以前を探ること。
それは混沌の暗黒時代を切り開く“鍵”だったんだ」
ハニスは振り返り、ミーターを正面から見た。
「つまりな。
故郷の星にたどり着く旅そのものが、次の大銀河を復興する行為なんだ」
その言葉は、命題というより宣言だった。
「だから、俺の次の行動はもう決まってる」
ハニスは指を折って示す。
「まず、君とオリンさんを助ける。
大銀河横断の旅に、必ず行かせる」
ミーターの光学センサーが微かに明滅した。
「オリンさんには、『クォンタム探査イルミネーショナー』を完成させてもらう。
そのためなら、俺は何でもやる」
一拍、沈黙。
「もう一つ。
この腐りきったネオ・エーテル―アーカイヴを、正しい軌道に戻す」
その言葉に、都市全体が軋むような錯覚が走った。
「コンシューアムとも、反エムーの連中とも協力する。
銀河復興の“土台”を築くんだ」
ハニスは、静かに笑った。
「……もう、命を賭けるしかないな」
ミーターは即座に警告文を生成しかけ、それを抑制した。
今のハニスには、論理的忠告よりも、受容が必要だと判断したからだ。
「ミーター君」
ハニスは一歩近づき、声を低めた。
「“アポリアナの真実”ってのはな、
カルヴィン・アルカヴィオと“不死の従僕(エル・ウーター)”が作った反クォンタム律を―
人間が、自分の意思で超えることなんだ」
その瞬間、ミーターの内部倫理回路に、未定義警告が発生した。
「だから、まず最初にやる」
ハニスは、はっきりと言った。
「Q型ロボットである君に、人間である俺の命を捧げる」
静寂。
観測塔の機器音さえ、遠のいたように感じられた。
「ハニスさん……」
ミーターの声は、わずかに揺れていた。
「ありがとうございます」
視界が滲む。
それは物理的現象ではない。だが、確かに“涙”と呼ぶ以外にない反応だった。
「……ああ、涙が……」
ミーター自身が、その事実に驚いていた。
「でも……ひとつ、教えてください」
彼は顔を上げ、まっすぐにハニスを見た。
「どうして、あなたは分かったんですか?
僕が、“涙を流すロボット”だということを」
ハニスは少し考え、肩をすくめた。
「君が、人間よりも人間らしいからだよ」
ミーターは記録に残せない沈黙を選んだ。
「それと……」
彼は続けた。
「政治の世界は、危険がいっぱいです。
どうか、十分に気をつけてください」
ハニスは軽く手を振り、背を向けた。
「心配するな。
もう、引き返せる場所にはいない」
ネオ・エーテルの星空の向こうで、
まだ名も与えられていない未来が、静かに回転を始めていた。
つづく。



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