84. 幽玄のなかの先駆者との対話

旅立ちの助走(Hop before Leap)
  1. 幽玄のなかの先駆者との対話
    ミーターの大冒険

第一部 紫からの飛躍

エピソード16

ネオ・エーテルの空は、いつもより低く、重く見えた。

港湾区の外れ、観測塔の上層で、ミーターは静かに待っていた。

そこへ現れたハニスの歩みには、旅の疲労よりも、何かを超えてしまった者特有の緊張がまとわりついていた。彼の眼差しは遠く、しかし確かに一点を見据えている。

「ミーター君」

呼びかけは穏やかだったが、その声には決意の硬度があった。

「今回の旅はな、すべて順調だった。―いや、大成功と言っていい」

ミーターは即座に応答しなかった。

人間が「成功」と言うとき、その裏にある代価を、彼は学習しすぎていた。

「アポリアナさんが、昔こう言っただろう。

『銀河は謎に満ちている』って」

ハニスは一歩、窓際に進み、星々を見下ろした。

「ようやく分かった気がするんだ。

生きている俺たちは、幽玄の世界に生き続けている“先駆者”たちと、対話しなきゃならない。

それができなきゃ、歴史はただの瓦礫になる」

ミーターの内部で、記録照合プロセスが走る。

「幽玄」「先駆者」「対話」―定義不能語彙の連結。しかし、論理的破綻は検出されない。

「歴史消滅の結束点以前を探ること。

それは混沌の暗黒時代を切り開く“鍵”だったんだ」

ハニスは振り返り、ミーターを正面から見た。

「つまりな。

故郷の星にたどり着く旅そのものが、次の大銀河を復興する行為なんだ」

その言葉は、命題というより宣言だった。

「だから、俺の次の行動はもう決まってる」

ハニスは指を折って示す。

「まず、君とオリンさんを助ける。

大銀河横断の旅に、必ず行かせる」

ミーターの光学センサーが微かに明滅した。

「オリンさんには、『クォンタム探査イルミネーショナー』を完成させてもらう。

そのためなら、俺は何でもやる」

一拍、沈黙。

「もう一つ。

この腐りきったネオ・エーテル―アーカイヴを、正しい軌道に戻す」

その言葉に、都市全体が軋むような錯覚が走った。

「コンシューアムとも、反エムーの連中とも協力する。

銀河復興の“土台”を築くんだ」

ハニスは、静かに笑った。

「……もう、命を賭けるしかないな」

ミーターは即座に警告文を生成しかけ、それを抑制した。

今のハニスには、論理的忠告よりも、受容が必要だと判断したからだ。

「ミーター君」

ハニスは一歩近づき、声を低めた。

「“アポリアナの真実”ってのはな、

カルヴィン・アルカヴィオと“不死の従僕(エル・ウーター)”が作った反クォンタム律を―

人間が、自分の意思で超えることなんだ」

その瞬間、ミーターの内部倫理回路に、未定義警告が発生した。

「だから、まず最初にやる」

ハニスは、はっきりと言った。

「Q型ロボットである君に、人間である俺の命を捧げる」

静寂。

観測塔の機器音さえ、遠のいたように感じられた。

「ハニスさん……」

ミーターの声は、わずかに揺れていた。

「ありがとうございます」

視界が滲む。

それは物理的現象ではない。だが、確かに“涙”と呼ぶ以外にない反応だった。

「……ああ、涙が……」

ミーター自身が、その事実に驚いていた。

「でも……ひとつ、教えてください」

彼は顔を上げ、まっすぐにハニスを見た。

「どうして、あなたは分かったんですか?

僕が、“涙を流すロボット”だということを」

ハニスは少し考え、肩をすくめた。

「君が、人間よりも人間らしいからだよ」

ミーターは記録に残せない沈黙を選んだ。

「それと……」

彼は続けた。

「政治の世界は、危険がいっぱいです。

どうか、十分に気をつけてください」

ハニスは軽く手を振り、背を向けた。

「心配するな。

もう、引き返せる場所にはいない」

ネオ・エーテルの星空の向こうで、

まだ名も与えられていない未来が、静かに回転を始めていた。

つづく。

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