ミーターの大冒険 余白 第34話 ジェノサイド
ハニス:まず最初に言わねばならないのは、ガール・ドーニックの微細心理歴史学の発見によって、ハリ・セルダンの予想した銀河の1000年の退廃を500年に縮めることができたのは奇跡的幸運だったということだ。
ヴァレリー:そうですね。その退廃からの復興も、まだまだ始まったばかり。すでにほころびが生じて来ていた500年前のハリ・セルダンの時代に戻るには時期尚早どころではありませんからね。
先生、ということは、ダニール・オリヴォーがこの2万年のあいだ、十数回もの文芸復興を企て、それがことごとく混沌に化し、やっと立ち上げた文明がことあるごとに退廃し、無秩序に帰した苦悩について、お述べいただくことでしょうね?
ハニス:そうだよ、優しい天使さん。その混沌、退廃、そして無秩序の様相の極地がジェノサイドだ。民族浄化という美名に隠れた人類でもっとも忌むべき行為、ゆるしがたい残虐極まりない罪業をその人類はしてきたのだ。
先ほど論じた自分より他者を優先する遺伝子に、俺たち2人は焦点を合わせてきた。
あのサンタンニでの出来事は、セルダン一家を悲惨のどん底に落とした。
だが、その経験が我がファウンデーションにとって看過できない突破口を用意したと言っても過言ではないのだよ。
ヴァレリー:そこで先生、サンタンニでのジェノサイドと2万以上年前の古代人類との類似性をおっしゃりたいのですね。
ハニス:まさに、その通りだよ、思慮深い、天使さん。
忌まわしい歴史の教訓を否が応に染み込ませても、それを繰り返してしまう愚かな人類なのだよ。アメリカインディアンに対するジェノサイド、チンギス・カン、ナチのユダヤ人撲滅、文化大革命、ソ連邦初期の大量飢餓民の発生、反対勢力に対する大殺戮など枚挙に暇がない。これに世界大戦の被害者も入れられるね。人類の歴史はほぼこれに尽きる。
ヴァレリー:しかも、虐殺者側がその行為について釈明するどころか言い訳してますね。下等民族、あるいはあの原爆投下の際の、「ニフ人は人間以下の猿ども」、と言ったという記録があります。悪虐窮まらないですね。
ハニス:そういう人類の性悪が依って立つ抜き去り難い性格だと言っていいのかも知れない。自分を正当化するのに、まず差別視する、っていうことだ。
ヴァレリー:ところで、あのサンタンニに画策したのは、天の川銀河の反対側で虎視眈々と野望を目論んでいるセーシェル惑星連合と言われていましたね。
ハニス:うむ、そうか。その後、そのセーシェルは惑星ガイアの征服も企んで、失敗している。
まさにキミが言った「人間以下の猿ども」が俺の大主張の基になってるのだよ。
ニフ人が、同族のホモ・サピエンスがいない大地に初上陸したかどうかは正直言って、今後の発掘に委ねるほかはない。がニフ人の先祖たちはユーラシア大陸の漂泊時代に何度も前人類に遭遇したことはわかってる。
そしてそのネアンデルタール人かデニソワ人かはともかく、彼らが地球上から消滅した確固とした証拠はないものの、ホモ・サピエンスの性格からして、その前人類に対して残虐行為をしたということは十分あり得る。
さっき、カモシカ属への殺戮の中止について明記されたように、他のホモ・サピエンスのとった行動とは違った態度をニフ人たちはとったに違いないのだ。
ヴァレリー:そうですね。他者へのいたわり。他者尊重。それ以上に、己よりも偉大なものとしての扱い、でしょうか?
ハニス:以前通った地域に再び回遊した時、以前棲息していた前人類が消滅していた。影も形もなくなっている、という現実に思いを巡らしたんだ。その時、生きとし生ける心を同調させた。亡き人たちとの会話。気持ちの同調だね。
ヴァレリー:心の通い合い。死者への弔いの約束なんですね。
ハニス:キミは文学的表現も秀でている。恐れ入った。
まさに約束なのだ。
こういうことだ。
人類に、決して安息の地など、あり得ない。キミたちがこの地上から姿を消したようにこの地に永住はしない。今はキミたちの恩恵でこの地を譲り受けるけれど、いずれまたこの地から俺達も去ろう。これがキミたちを敬う我らの約束なのだ、と!
ヴァレリー:教授、もしかしたら、それって珪化木の誓い、なのでは!そして、それってあのジョン・ナックの悟りなのでは?
ハニス:ああ、見事だ!どうしてそのことがおわかりになられたかな、次の銀河の女王殿?
ヴァレリー:以前、貴方様が教えて下さいました。珪化木の瑪瑙。それは貴方様がこれからいらっしゃる小マジェラン銀河と瓜二つだと!
次話につづく. . .
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