ミーターの大冒険 余白 第15話 身体のマイナス宇宙潮流
ヴァレリー ウイリアム・ハーヴェイ、地球暦17世紀の医学者。
ハニス そうだ、彼から新しい医学が始まった。体の内部に無数の血管がはりめぐらされて全体に隈無く新鮮な血液が流れて全体を維持する。それ以来誰もが当たり前だと思うことでも、彼以前は全く知らなかったのだ。
ヴァレリー それは解剖と観察から来る新境地ですね。
ハニスさんのジャーナリストの感性もそれと似ていますよね。若い頃は、銀河の方々を見学されたのですね。現地調査が基本の。
ハニス お褒めいただいて光栄だよ。俺はあのペラロット君には遠く及ばないが、それに近い気付きを得ていた。ミーター君との交流は大いに役立った。
宇宙潮流の存在とその特徴にもそれなりに気がついていた。
ただし、宇宙潮流も我ら人間には、満ち潮のように益をもたらす時と、混沌を惹き起こす引き潮に似た場合もある。人間には無慈悲な恐ろしい悪魔のような叫び声をあげて死滅に向かわせることも忘れてはならないのだよ。
ハリ・セルダンの理論では、その点が不十分だと、R・ダニール・オリヴォーは知っていた。
その予感を例の地球の放射能を全面的に受け留めることに決意して、地球にやって来たんだ。
彼は、それとなく、あの忌まわしい放射能問題にどこか目を瞑って避けて来たことに心なしか慚愧の念を感じていたのだよ。
それが、惑星シンナックスでガール青年と出会って、改心したのだ。
ヴァレリー やはり、証古学ですか?
ハニス そうだ。地球の放射能を解決する法、そして宇宙の混沌と正面切って向き合うこと。これに集中して賭けることにした。
ヴァレリー そうだったんですね。
ハニスさん、そんなお知恵がおありだったら、私に会う前のあなたの落ちぶれかたは何でしたか?普通、もう命はなかったんですからね!
ハニス すまんすまん。歳をとると要らぬ気を使って、空回りの人生に落ちる。まさに体におけるマイナスの宇宙潮流だな。
こんなに健康が戻ったのミス美女 R のおかげだな。つくづくありがたいと思っているよ。
歳といえば、R・ダニール・オリヴォーもそうだよ。2万歳になられて。意気揚々とはなられてはいない、と察する。
ヴァレリー ロボットも精神のバランスの維持が大事かと。
ハニス 俺は、ミーター君とイルミナ君がこの太陽系で初めて火星でダニールに遭遇したときのことをしばしば思い描くんだよ。
考えてみたまえ、彼がこの銀河から歴史消滅を計った。彼はそれを解決するように人類を工夫を凝らして導いていったのは確かだが、最終的にミーター君にそれを委ねたかたちにはしたものの、果たしてこの時期が歴史消滅からの回復に適当であった、とどうして選択・決定したのか、誰が思い至るのだろうか?
ヴァレリー ええと、深い哲学的支点ですね!
銀河の人々の通念のように、ミーターさんとイルミナさんの努力、そして、ハニスさんやコンパーさん、そしてその背後で準備したアルカディアさんのおかげとしか考えが及びませんけど。
ハニス ハリ・セルダンが3万年の混沌と無秩序を千年に縮められる、という歴史心理学的帰結功績は、大いにあり得る。
そしてガール・ドーニックによる証古学から導かれた微細歴史心理学による規定、つまりハリ・セルダンが千年と言ったものを、その半分にまで短縮できるという理論であって、それはミュール的な人類に起きる奇形が当然として想定されているところから生まれている。
ヴァレリー そうですよね。それに初めて気がついた方がアルカディアさんのおばあ様のベイタ・ダレルさんでしたね。
そのデータと資料をあらかじめミュールの出現の時にあわせて再び見つけて、その理論を再構成されたのですよね。
ハニス よく分かってるね、哲女君。
ヴァレリー 皮肉ですか、今度は哲女と来ましたか?
ハニス そのおばあ様の志しを発展、実現させたのがアルカディアさんだった訳だ。そしてアルカディアさんは彼女の肉体的限界を予め想定して後事をミーター君と彼女の瓜り写しのイルミネーション、イルミナ君に委ねたのだ。
ヴァレリー それで十分な結論、納得のいく解答になるのでは?
ハニス その通りだ。百点満点の解答だよ。
だがだ、果たして、そうであったのであろうか、との疑惑が残っているんだよ。
ヴァレリー はあ、そんなことが、あるのですか?全く考えが及びませんけど。
どっから、ハニスさん、そういう疑念が生じるのですか?
そして、その疑惑とは一体、どんなことですか?
ハニス 俺の疑惑が単なる思い過ごしであったらと思うことがある。
ヴァレリー 至極深刻みたいですね。
ハニス そこで看護婦イルミネーショナーのヴァレリー君に敢えて訊きたい。
死に至る病が決定的になったときの人間の精神状態について、きみはよく存じてるはずだが。
ヴァレリー 一般的叙述的ですが、色々な症状が時間的経過で生じます。極めて一般化はできませんが。
ハニス そうだろう。それでいいのだが。
ヴァレリー 煮え切らないご返事ですけど。
ハニス 不死殿の精神状況を集中的に推測している。
ヴァレリー君、果たして不死様は永遠の持続を手放している決断をしているのだろうかとね。
ヴァレリー いくら R 様であっても無理なものは無理でしょうね!
ハニス そうであろう。間違いなく!
しかし精神の安定はどうであろうか?
彼はこの2万年のあいだ、ここ宇宙の無慈悲な、無制約的な潮流に何(誰)よりも向き合って来た。
考えてご覧。彼が一番、その宇宙潮流の恣意性の怖さを知ってるはずだな。
ヴァレリー そう申しますと?
ハニス もし不死様(R・ダニール・オリヴォー)が、この時期、マイナスの宇宙潮流の波を被ったらどうなるのだろうか、とな。
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