重ねられた祈り
SF小説 根源への旅人たち
第二章《回路のない対話》①
※本章では、「回路(=言語・論理・通信系)」を持たない、あるいは越えたかたちの“対話”がテーマです。二人はそれぞれの信仰的背景から、超越的存在(神・祖霊)に問いかけますが、応答は奇妙に交錯し、やがて互いの“神”すらも侵蝕し合うような知覚体験に巻き込まれていきます。
西暦6204年。銀河評議会の命を受け、惑星アルタ・テクトニカで失われた“始原知”を探すため、二人の代表が派遣される。
一人は〈ネオ・カルヴァン主義〉の神学者レオ・ファン・ジーク。
もう一人は、〈縄文外縁共同体〉出身の女性思想探査官アオイ・ツキノ。
二人は、失われた「根源の知」の断片を巡って、争い、反発し、やがて . . . 。
第1話《重ねられた祈り》
レオ・ファン・ジークは、手にした小型の聖典デバイスを胸に抱き、薄暗い空洞に膝をついた。洞窟内の壁には、樹皮のような紋様が走っており、それが古の信仰の痕跡だと、彼は確信していた。
「主よ。混沌の底に秩序を、沈黙のなかに法を。あなたの言葉を、この地に記してください」
彼は静かに祈りを捧げ始めた。だが、その言葉が終わるか終わらないかのうちに、背後で柔らかく唄うような声が響いた。
「ふるえる声よ、土に還れ。回路も、器も持たぬ、いにしえの呼びかけよ。祖霊よ―この地に眠る声よ―」
アオイ・ツキノだった。彼女は、平らな岩盤に素足で座り、目を閉じていた。両手は広げられ、まるでそこにある“空気そのもの”を触ろうとしているかのようだった。
「祈ってるのか?」レオが尋ねた。
「ううん。呼びかけてるだけ。あたしの部族では“祈り”って、相手の名を呼ばないの。名をつけると、間違うから」
「名がなければ、誰に向かっているのかわからないではないか」
「でも、向こうはこっちを知ってるかもしれないでしょ?」
その言葉に、レオは戸惑った。祈りとは“自分”が“神”に近づくこと――だが彼女は、相手に“見られている”ことを前提にしていた。
と、その時。
レオの耳に、確かに聞こえた。聖典の“声”ではない、もっと低くて、柔らかく、母語でもない響き。
《カムナ・ヨ・レア . . . 》
同時にアオイも、微かに“聞いた”。だがそれは彼女の祖霊語ではなかった。はるかに硬質で、理知的な印象の、どこか懐かしい響き。
《In principio erat Verbum . . .》
ふたりは顔を見合わせた。互いの目に、驚愕と、理解と、疑念が交錯する。
「今、君の“神”が、私の言語で語った」レオが呟く。
「それよりもっと奇妙だよ」アオイが返した。「あたしの“祖霊”が、君の“ロゴス”の声で、私に話しかけてきた」
冷気が沈黙を包む。重なり合った祈りは、やがて一つの“干渉波”を生んでいた。それが何を意味するか、まだ誰にもわからなかった。
次話につづく . . .
第2話《翻訳不能の応答》の概要
祈りの結果、二人はそれぞれ異なる“ビジョン”を得るが、語り合ううちに、奇妙に共通する構造が浮かび上がる。神の名は呼ばれず、祖霊の姿も示されず、ただ共通の「漂う感覚」が存在するのみ。
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