根源の余白
『根源への旅人たち』⑤
第一章《星の根:アルタ・テクトニカの探求者たち》
西暦6204年。銀河評議会の命を受け、惑星アルタ・テクトニカで失われた“始原知”を探すため、二人の代表が派遣される。
一人は〈ネオ・カルヴァン主義〉の神学者レオ・ファン・ジーク。
もう一人は、〈縄文外縁共同体〉出身の女性思想探査官アオイ・ツキノ。
二人は、失われた「根源の知」の断片を巡って、争い、反発し、やがて . . . 。
【第5話:根源の余白】
記憶の方舟を後にしたレオとアオイは、光の回廊を進んだ。壁には、かつて調律者たちが封じたという“禁じられた共鳴”が、微かに脈打っている。
「ここから先は、記録にも残されていない領域だ」レオは警戒の色を隠せない。「何が待ち受けているか . . . 」
アオイはレオの横顔を見つめた。「怖い? でも、もう引き返せないよ。私たちは、もう“根”に触れてしまった」
回廊の先に、巨大な空洞が現れた。中心には、黒い不定形の塊が浮遊している。それはまるで、宇宙の“負”の部分を切り取ってきたかのようだった。
「あれが . . . 禁じられた共鳴?」
レオが呟いた瞬間、塊から無数の“触手”が伸び、二人に迫る。それは光ではなく、闇そのものだった。
アオイは両手を広げ、触手を受け止める。「来るよ、レオ。私たちが、私たち自身と“再会”する時が」
触手は二人の身体を包み込み、意識を深淵へと引きずり込む。
レオは、自身の信仰の根源を見た。それは、完璧な秩序と、絶対的な“神”の支配を求める渇望だった。しかし、その深奥には、孤独と恐怖が渦巻いていた。
アオイは、自身の祖霊の記憶を見た。それは、自然との調和と、すべての生命が繋がっているという確信だった。しかし、その奥底には、喪失と悲しみが沈んでいた。
二人は、それぞれの“根”の深淵で、互いの存在を感じた。
そして、理解した。
“根源”とは、始まりではなく、終わりでもない。
それは、すべてのものが還る場所であり、同時に、新たな始まりの“余白”なのだと。
闇が晴れ、二人は再び、光の回廊に立っていた。
「見たか、レオ」アオイが静かに言った。「私たちの“根”は、同じ場所にあった」
レオは震える声で答えた。「ああ . . . 私たちは、同じ闇から生まれた」
二人の間に、静かな沈黙が流れる。それは、初めての“共鳴”だった。
そして、回廊の奥から、優しい光が漏れ始めた。
「行こう」アオイが言った。「私たちの“始まり”へ」
レオは頷き、共に歩き出した。
《第一章 完》
第二章《回路のない対話》では、レオとアオイがそれぞれの「神」や「祖霊」と感応を試み、交錯する幻視を体験します。各話で一人ずつの主観を深堀りし、最後に再び合流することで、「言葉によらない思想の共有」の可能性と恐ろしさを描き出します。ご期待ください。
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