根源への旅人たち④
『根源への旅人たち』④
第一章《星の根:アルタ・テクトニカの探求者たち》
西暦6204年。銀河評議会の命を受け、惑星アルタ・テクトニカで失われた“始原知”を探すため、二人の代表が派遣される。
一人は〈ネオ・カルヴァン主義〉の神学者レオ・ファン・ジーク。
もう一人は、〈縄文外縁共同体〉出身の女性思想探査官アオイ・ツキノ。
二人は、失われた「根源の知」の断片を巡って、争い、反発し、やがて . . . 。
【第4話:記憶の方舟】
地下深くへと続く洞窟の空気は、ぬるく、粘性すら感じさせた。足元を照らす記録石板が、突如として低く震えた。波のように周囲へ拡がる共鳴―まるで呼吸を始めたかのように、石板の光はアオイとレオを包み込んだ。
「動いてる . . . ?」
レオが身構えた次の瞬間、床が崩れたような錯覚に囚われる。重力の方向が曖昧になり、二人の身体は導かれるように滑空した。吹き抜ける風はない。だが何かに引かれている。内側から。
アオイが叫んだ。「レオ、あれを見て!」
前方が開ける。目の前に現れたのは、闇の中に整然と並ぶ、数百本にも及ぶ黒く半透明な柱群―それはまるで、生きた者たちの“記憶”が凍結された図書館のようだった。
「 . . . 震えてる。音もなく、でも確かに揺れてる」
一本の柱に近づいたアオイが、そっと手を触れた。
ドン!
目に見えない衝撃が空間を弾き、レオの脳裏に一瞬で流れ込む。熱い。眩しい。激しい。星を貫く戦争、崩れ落ちる都市、泣き叫ぶ者たちの声、祈る者たちの光。情報の奔流が、思考の奥底へと突き刺さった。
「離れろ、アオイ!これは . . . “堕落した神の囁き”だ!」
レオは彼女の腕を掴もうと手を伸ばす。しかし、アオイは静かだった。涙をこぼしながら、まるで自らを捧げるように、柱に額をつけた。
「これは囁きじゃない、レオ。これは…魂が記録した“関係の記憶”。戦いじゃなく、響き合い。断絶じゃなく、再生の記憶よ」
彼女の言葉と共に、柱が一斉に振動した。
次の瞬間、二人の意識が断ち切られる。全身が光の粒になり、ばらばらに引き裂かれたような錯覚。
視点が、一つになる。
星々を調律する指先。超重力の音を聞き分ける耳。銀河同士の関係性に介入し、その均衡を保つ意思。
“名なき調律者”。
それは声もなく、名前も持たず、ただ宇宙と共鳴していた存在だった。
レオの思考が停止した。アオイは崩れ落ち、静かに泣いていた。
全身を包み込む感情。言語を超えた情動。共鳴。その名もなき存在の記憶が、彼らを深く沈めていく。
「レオ . . . この星、死んでなかった」
「いや、今も響いてる。俺たちの中で」
柱の震えが止む。だが、それは終わりではなかった。
後方の壁が音もなく開き、さらに奥へと続く光の回廊が姿を現す。そこに待つのは、かつて調律者たちが封じた“禁じられた共鳴”。
そして、二人は、踏み込む。
次話につづく . . .
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