根源への旅人たち③

根源への旅人たち

SF小説『根源への旅人たち』③

第一章《星の根:アルタ・テクトニカの探求者たち》
西暦6204年。銀河評議会の命を受け、惑星アルタ・テクトニカで失われた“始原知”を探すため、二人の代表が派遣される。
一人は〈ネオ・カルヴァン主義〉の神学者レオ・ファン・ジーク。
もう一人は、〈縄文外縁共同体〉出身の女性思想探査官アオイ・ツキノ。
二人は、失われた「根源の知」の断片を巡って、争い、反発し、やがて . . . 。

【第3話:裂け目からの視線】

地底の記録石板に触れた後、レオとアオイはしばらく言葉を交わさなかった。
共に体験した“記憶の旋律”は、それぞれの内部で別の波紋を広げていた。

やがてアオイが囁くように言った。
「この洞窟、呼んでる。まだ奥があるよ。響きの密度が変わった」

「呼んでる?」レオは眉をひそめた。「音波も熱源も検出されていない。生体反応も皆無だ」

アオイは微笑む。「音じゃない。感応、あるいは . . . 意識の“裂け目”」

彼女の言葉が終わるのを待たず、足元の地面がわずかに揺れた。
そして石板の裏、かすかな風の流れが壁の裂け目から吹き出した。

二人は慎重にその隙間をくぐり、さらに下層へと降りていく。そこは記録も地図も存在しない領域だった。

**

数分後、彼らは異様な空間に到達する。
天井が見えないほど高く、壁は自然岩とも人工構造とも判別できぬ奇妙な曲面に覆われていた。
中央には、球体状の“空洞”が浮いている。直径約3メートル。
黒く、揺らぎ、内側から“こちら”を見ている気配がある。

「見られてる . . . 」アオイが呟いた。

「反射だろう。内部構造に入射光が . . . 」とレオが言いかけたとき、空洞の表面が波打ち始めた。

瞬間、二人の意識に“視線”が流れ込んできた。
それは目でも耳でもない、“関係”そのものを捕捉する何か。
思考と感情の中間にある感応チャンネルを通じて、ある“存在”が彼らに触れてきた。

──ようこそ。記憶を解読する者たちよ。
──あなたたちの“裂け”を、我々は待っていた。

**

「誰だ!」レオが叫ぶ。しかし声は届かない。音はこの空間では意味を持たなかった。

アオイは眼を閉じ、内側に集中する。
心の奥に、黒い球体の内側から“差し込んでくる”光を感じる。
それは言葉ではなかった。けれど確かに問いかけていた。

──“あなた”は、どの記憶を選ぶ?

──“あなた”の根は、どこにある?

──“神”ではなく、“繋がり”を求める者よ。

彼女の意識がわずかに揺れる。球体の中に、微かな映像が浮かび上がる。

それは幼い頃、共同体の“葬火の儀”で見た、母の姿だった。
火の揺らめきの中、手を振って消えていく母。そのとき聞こえた、意味のない旋律。

──生と死を分けるのは、ただの“語り”にすぎない。
──それを超えよ。

**

アオイが眼を開けると、レオが膝をついていた。顔は蒼白で、口元がかすかに震えている。

「見たのか?」アオイがそっと尋ねる。

「いや . . . わからない。だが . . . 私の信仰の核に、何かが . . . 侵入してきたような感覚がある」

「侵入じゃない。あなたが、扉を開けたんだよ」

レオは顔を上げる。目には恐怖と戸惑い、そして微かな“理解”が浮かんでいた。

「我々が見ていたのは . . . 外ではない。“内なる根”を見せられた」

アオイは頷いた。「この星が求めてるのは、知識でも技術でもない。“再結び”なんだよ、きっと。分かたれてしまったすべてのものと、もう一度つながることを」

彼らはしばし黙した。その静寂こそが、最初の“応答”だった。

そして球体が淡く輝き始めた。その色は、遠い記憶の中で見た空と、よく似ていた。

──次話につづく。

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