根源への旅人たち②
SF小説『根源への旅人たち』
第一章《星の根:アルタ・テクトニカの探求者たち》
西暦6204年。銀河評議会の命を受け、惑星アルタ・テクトニカで失われた“始原知”を探すため、二人の代表が派遣される。
一人は〈ネオ・カルヴァン主義〉の神学者レオ・ファン・ジーク。
もう一人は、〈縄文外縁共同体〉出身の女性思想探査官アオイ・ツキノ。
二人は、失われた「根源の知」の断片を巡って、争い、反発し、やがて . . . 。
【第2話:共鳴する沈黙】
西暦6204年。惑星アルタ・テクトニカ、極寒の地底洞窟―
蒼白い氷の結晶が天井から垂れ、地面にはかすかに霜が漂っている。冷気が骨の髄まで染みこむこの場所の中心に、それはあった。
高さ10メートルを優に超える黒曜石のような記録石板。その表面は光を吸い込むかのように鈍く輝き、近づく者の意識に直接「音のない旋律」を流し込んでくる。
その前に立ち尽くしていたのは、レオ・ファン・ジーク。白銀の神学者ローブの下に汗が滲み、額を拭う指はわずかに震えていた。
「これは . . . 何だ . . . ?」 彼の声は震え、響きは洞窟の奥へと吸い込まれた。 「鼓膜には届かない . . . 。だが確かに、“聴こえる”。これは音ではなく、精神波 . . . あるいは、意識を揺さぶる何らかの量子的干渉か?」
西欧文明に育まれたレオの論理的な思考が、必死に説明を試みる。しかし、答えは見つからない。
その傍らにいたアオイ・ツキノは、瞼を閉じ、静かに膝をついていた。肩まで伸びた黒髪が微かに揺れ、冷気に包まれながらも彼女の顔は穏やかだった。
「 . . . やっぱり。カナヨリの感応と、そっくり . . . 」
小さく呟いたその声は、まるで空気に染み込むように消えていった。
アオイの育った縄文外縁共同体では、言葉以前の“感じる通信”――「カナヨリ」が、太古の記憶や魂を伝えるとされてきた。彼女はその“旋律”に、既視感と安らぎを覚えていたのだ。
「これはね、レオ . . . “記憶”だよ」 彼女はそっと目を開け、レオに向き直った。瞳は深く澄んでいた。
レオはその言葉に眉をひそめた。 「記憶?まさか。そんな . . . 非科学的な解釈を、君は真面目に?」
「非科学的、って言わないで」アオイは微笑みながらも、真剣な眼差しで続けた。 「あなたが信じてる“神の初声”だって、言葉になる前の . . . 根源的な“響き”だったんじゃない?」
その問いは、レオの神学の中枢に切り込んだ。 神の創造は“ロゴス”―言葉によって始まった。だが、その“前”があるという考えは、彼の教義体系には存在しない。
返す言葉を探しあぐねているうちに、旋律は形を変えていった。単調な波が徐々に複雑化し、感情、情景、そして記憶の断片へと姿を変える。
──赤く染まる空。 ──氷の海に浮かぶ巨大な柱。 ──苔に覆われた山脈の向こうに、廃墟となった機械都市のシルエット。
それは視覚でも聴覚でもない。けれど明確に“わかる”。二人の意識は、遠い過去の情景に飲み込まれていた。
レオはそのリアリティに背筋を凍らせた。まるで自分がそこに立っているような、生々しい錯覚。冷静な理性の奥から、原始的な畏れが這い上がってくる。
「 . . . これは . . . 時を超えた . . . 体験記録なのか?」 彼は震える声で問いかけた。
アオイは目を伏せ、小さくうなずいた。 「うん . . . 。この星に生きた、誰かの記憶。そしてその想い . . . それが、私たちに届いてるの」
その表情は、懐かしさと優しさに満ちていた。 「どこかで . . . ずっと、私たちを待ってたみたい。言葉なんかじゃなくて、もっと深い、魂の底からの声で . . . 」
「 . . . “魂の叫び”か」レオはその言葉を繰り返した。否定しきれない何かが、自分の内部でも鳴り始めている気がしていた。
二人は、言葉を超えた“共鳴”の中で立ち尽くしていた。科学と霊性、理性と感情。そのどちらでもない“何か”が、この惑星の奥底で鼓動している―その存在に、ほんの一端だけ触れたのだと。
それは、まだ始まりに過ぎなかった。
――次話につづく
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