11. 狂乱の法廷
《アーカイヴの舟》
「歴史は、真実ではなく”設計”によって動く。」
銀河随一の天才に会いに来たはずが──気づけば、国家に裁かれていた。
「もとはといえば熱処理工にすぎなかったエイ・プサイ・マレル。その彼が、やがてラムダ・グリスのクロノ・ブルームを支える片腕になるなど、誰が予想しただろうか。ラムダは彼を分身のように愛し、深い信頼を寄せた。マレルは五十五歳でこの世を去った。──そして、その分身こそが私であった。ラムダが私と出会い、残りの人生に何を見出したのか、今もって私にはわからない。」
―『ラムダ・グリスの生涯』 ヒュー・ドナック著
なんという事態だ。
自分の才能で銀河随一の数学者を助けるために、わざわざこの惑星リリナスまで来たというのに、グリス教授とまともに話せたのは、ほんの三十分にすぎない。その直後に、まさか裁判へと巻き込まれるとは。
私がここへ来たのは、ラムダ・グリス教授の「クロノ・ブルーム理論」に引き寄せられたからだ。いや、正確には──私自身の中に眠る、あの奇妙な才能が、教授の研究と共鳴したからだ。
かつて私は、謎めいた古代神殿の奥深くに眠る二体の遺骨を目にしたことがあった。それぞれの棺の中に、ひとつの短い文章と、一枚の薄い紙が残されていた。他の者には意味をなさぬその断片から、私だけが看取った──人類の原初の故郷惑星、その在り処へと繋がる手掛かりを。
これは偶然ではなかった。
私が生まれる前月、一条の恒星間彗星の欠片が、故郷の惑星ナックセルに飛来していた。その影響により、ナックセルでは十万人にひとりの割合で、原因不明の脳炎が発症するようになった。私もまた、その罹患者のひとりだった。幼少期には何の兆候もなかった。しかし青年期を迎えた頃から、脳炎の発作が訪れるたびに、奇妙なことが起きた。意識は通常の知覚を超え、常人には見えないものを──構造を、繋がりを、隠された意味を──鮮明に捉えるのだった。発作のたびに、何かが「見える」。
その才能が、エル・ホモジーンの目に留まった。そしてグリス教授のクロノ・ブルーム理論もまた、私の見ているものと深いところで共鳴していた。単なる理論構築ではない。それは広大な宇宙規模の実行計画であり、人類の起源そのものへと迫ろうとする、壮大な試みだったのだ。
しかし今、その理論の核心に触れかけたその瞬間に、これだ。
モクチ・ラオ──銀河連邦の公安を握る名高き宰相が、直接出廷してきたのだ。大執政官であり、連邦そのものを統べる男が。これはただ事ではない。エル・ホモジーンからも、何の予告もなかった。バッグのなかにクレジットがいくら残っていようと、惑星ナックセルへ帰る道筋すら見えない。
目の前で繰り広げられるのは、信じがたい光景だった。かつて名宰相フェーズ・オルタナに指名されて政務を託され、連邦を背負うはずだったラムダ・グリス教授が、今この場で私と共に拘束されている。なぜだ。一体、何が起きているのか。
このまま牢獄に閉じ込められるのか。それとも、連邦の見せしめとして死刑に処されるのか。
混乱する私の耳に、ふと教授の声がよみがえった。先ほど、官憲が踏み込む寸前、彼は確かに囁いたのだ。
「これは私が仕組んだものなのだ」
―仕組んだ?
なんということだ。この禿げ上がった老人は、一体どこまで正気なのか。連邦を敵に回してまで、何を企もうというのか。
胸中には怒りと恐怖が渦巻いていた。だが同時に、抗いがたい予感もあった。暗闇の中に差し込む、一条の光のような確信が。
―これは、銀河の歴史を揺るがす序章にすぎないのではないかと。
「実は、ホモジーンは、ラムダ・グリス教授のブルーム理論についてこう説明していた。銀河の未来を人口統計的な数学解析によって予測し、最悪の事態とその年限を回避するための理論だ、と。
しかし私には、別の視点があった。
従兄弟の知り合いであるホルク・マイルスから、惑星サン・マルクでの調査結果を受け取っていたのだ。その内容は衝撃的だった。小マジェラン銀河から飛来するヒストリエント粒子が増大しており、過去の遺物との間に明確な相関が見られるというのだ。
つまり、未来を予測し制御しようとするラムダ・グリスのブルーム理論と、過去の残響から歴史の構造を読み解こうとする私のフラワー理論とは、方向性がまったく逆を向いている。
この二つの理論を、どう調整し、どう統合できるのか。
新たな、そして容易ではない課題が、私の前に提示されていた。
まさに今、歴史を揺るがす大事件が始まろうとしているのでは。」
次話につづく……
📖 前話要約
⚡ 極短要約
天才との出会いは、罠の始まりだった。
🔭 次話予告
第12話「禁じ手の遺産」
裁判は茶番か、それとも歴史操作の一手か。
グリスの真意が、ついに明かされる。
○ 問い
もしあなたが主人公なら──
国家に逆らってでも、真実を追いますか?
それとも、生き延びるために沈黙を選びますか?
🏷️
SF小説
未来史
裁判劇
陰謀
天才
心理戦
銀河連邦
哲学SF
クロノブルーム
哲学SF
裁判劇
ヒストリエント粒子
ホルクマイルス
フラワー理論
📚 語彙解説
■クロノ・ブルーム
時間的現象や歴史の分岐・収束を扱う理論、または装置概念。文明の未来予測や改変に関わる中核技術。グリス教授が生涯を賭けて構築した、宇宙規模の実行計画でもある。
■チェス・ホモジーン
ヒューを惑星ナックセルでラムダ・グリスのいる惑星リリナスに招聘した人物。銀河規模で統制・調整を行う。必要な人材を必要な場所へ、音もなく送り込む。その正体と目的は、いまだ謎に包まれている。
■ヒュー・ドナックの才能
恒星間彗星の影響による原因不明の脳炎から生まれた、十万人にひとりの特殊知覚能力。発作時に限り、常人には見えない構造・繋がり・隠された意味を鮮明に捉える。
■モクチ・ラオ
銀河連邦の公安と政治を掌握する宰相。権力と監視の象徴的存在。
■リリナス
物語の舞台となる惑星。政治的・学術的に重要な拠点。クロノ・ブルーム研究所が置かれている。
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